最後の恋

〜エピローグ〜<side R>

俺はあかねと一緒に天道道場へ帰った。

1ヶ月以上まともに動かしていなかった身体は、いくら俺でもすぐに動かせるようにはならず、あかねに支えてもらいつつの移動だった。

「修行のし直しだな。仮にも格闘家だってのに情けねぇ」
呟いた俺に
「夏休みまだ残りあるから、その間に・・・って、そうだ。乱馬、いなくなってすぐ終業式だったでしょ? 夏休みの宿題、たくさん出てるからね? 成績表も、学校側からおばさまに渡されてるみたいだし」

嫌な単語が耳に入った。

「マジかよ・・・。お、おふくろ、なんか言ってた、か・・・?」
「ううん。・・・おばさまを始め、乱馬が出てってから、みんなあたしに何も聞かなかったし、言わなかったの。相当心配掛けちゃったから・・・一緒に謝ろうね」
「・・・ん、そだな」

出てったことだけじゃなく、本当はもっと前から俺たちの妙な関係に気付いて心配を掛けていたのかもしれない。ちゃんと、謝らねーとな。

「ま、鍛えねーとどうなるかってことも分かったし、また修行行くかー!」
「体力回復させて、その間に宿題全部終わらせてからね?」
さらりと言ったあかねに、さらりと返す。
「もちろん手伝ってくれんだろ?」
しかし、返ってきた言葉は
「自分でやんなさいよ」
だった。

「冷てぇっ。なーこの通り! 頼むっ!」
顔の前で両手を合わせ拝むと
「はいはい、分かったわよ。その代わり・・・あんたも、あたしの稽古に付き合ってよね?」

あかねは、ちょっと俺の様子を窺いつつ言ったようだった。

「おめーは・・・いや」
「なによ?」
「頑張んな、っつってもやるんだろ?」
「うん。・・・え、もしかして・・・本気でやってくれんの? ・・・手合わせしてくれたり、する・・・?」

そんなでっかい目をさらに大きくしてキラキラした瞳で聞かれたら・・・どうしようもねーじゃねーか。

「・・・しょーがねーな」
俺は苦笑してあかねの頭にポンと手を乗せた。

「乱馬・・・! ありがとう!」
あかねは笑顔で俺に飛びついてきた。

俺は『優しくする』意味を間違えていたのかもしれない。
俺の歪んだ心が、俺だけでなく素のあかねまでも隠してしまっていたのかも。

今、あかねの本当の笑顔を見て、そう思った。



久々に足を踏み入れた天道道場で、俺は全員に温かく迎え入れられた。

親父とおじさんは抱き合って号泣するし、おふくろも涙ぐんでるし、かすみさんはいつもの菩薩のような笑顔で、なびきも溜息つきながらも笑ってた。


落ち着いてから、俺たちは横に並んできちんと居間に座った。
おじさんを前にして。
他のみんなも、周りに立ったり座ったりしてこの部屋にいる。

あかねと、何をどこまで話すか、決めたわけじゃない。

でも俺には、今までのことを謝ると同時に、言いたいことがあった。

ここまで心配させちまったから、もうはっきりさせるしかねぇ。
いや、この機会を逃したらいつ言えるか分かんねーし、言えそうな気持ちの今じゃねーとって、その思いが俺を突き動かしていた。


「すみませんでした」
深々と頭を下げた俺に合わせて、あかねも頭を下げた。

「長いこと心配掛けちまって。もう二度とこんな風にみんなに迷惑掛けるようなことはしません」

みんな神妙な面持ちで俺の言葉を聞いている。
やっぱ絶対、茶化されない今しかねえ。


「だから・・・おじさん。高校を卒業して、俺が一人立ち出来たら・・・あかねを俺に下さい」

おじさんの目を真っ直ぐに見て言った。
あかねが下げていた頭をパッと上げたのが分かった。


「二度とあかねを泣かせません。俺の命が尽きるまで、全身全霊を懸けて、あかねを大切にします。どうか、お願いします」

おじさんは、俺の顔をじっと見ていたが、
「・・・あかねを頼んだよ、乱馬くん」
真顔でそれだけ言うと、ボロボロと泣き出した。

「こっ・・・これで、わしらの未来も天道道場も安泰だねえ、早乙女くん!」
「末永くよろしく頼むよ、天道くん!」
「孫の顔が早く見たいねぇ」
「おじいちゃん、いや、じいじ、なんちゃってー!!」

おじさんと親父はまた抱き合って大騒ぎしている。
おふくろが「男らしいわ、乱馬」と涙を拭っていた。


ひとしきり騒いだ後、早めの夕食をとると、みんなが口々に
「ちょっと今日は夜用事が」
とか言い出して、一斉にいなくなった。

きっと気を遣って、2人きりにしてくれたのだろう。


俺らは、みんなを見送って・・・。家の中が完全に静かになると、顔を見合わせ、手を繋いで当たり前のようにあかねの部屋へ向かった。

あかねをベッドに座らせ、横に座る。

彼女の両肩に手を置き、そっと、温かく柔らかな唇に触れた。


大切な大切な子とのキス。
自分はこの子が好きで、この子も自分のことを好きで。
そんな単純だけど奇跡みたいなことが、今こんなにも心を幸せで満たしてくれる。

唇からお互いの熱を感じて、切なさと甘い疼きが身体中に広がる。

そっと唇を離すと、恐る恐る、世界で一番愛しい子を抱き締めた。


「もうこの身体を抱くことは二度とないと思ってた・・・」

口に出したら、泣けてきやがった。

「ずっとこうやって、あかねを抱き締めたかった」
「うん。あたしも・・・」

あかねの言葉に、思わず腕に力が入る。
細い身体が、小さく震えていた。
あかねも泣いているのかもしれない。

その温もりを、その存在を、もっともっと確かめたい。
心も身体も寄り添っているって実感したい。


俺はあかねを、ありったけの愛情を込めて優しく抱いた。

終わった後も、たくさんたくさんキスをした。

笑い合ってじゃれていると、あかねが急に真面目な顔をして、
「そういえば」
と呟く。

「乱馬。昼間に、すごく大事なこと言ってた気がするんだけど・・・」
「うん?」
「・・・乱馬、お父さんに結婚宣言してたけど・・・あたし、何も聞かされてなかったし、返事もしてないんだけど」
「!?」

そ、そう言われれば・・・。

たしかに、あかねからは何も言われてねぇ。
と、いうか、あかねには何も言ってねぇ・・・。
ダラダラと冷や汗が流れる。

「え、と・・・その・・・いや、流れでOKかな〜とか・・・え? い、嫌なのか?」
あかねは真顔で俺を睨んでいたが、俺があたふたしているのを見ると、ぷっと吹き出した。

「ばかね。嫌なわけないでしょ」
「じゃあ・・・」
「・・・うん」
「やった! あかね! やった!」
俺はあかねの照れた顔と肯定の言葉ですっかり舞い上がって、あかねを力一杯抱き締めた。

「ら、乱馬っ、あたしにちゃんと言ってよぅ!」
「おー、そのうちな!」
「・・・んもう、しかたないなぁ。今度、ちゃんと言ってもらうからね?」
「へーへー」

なんて。そう簡単に何度も言えることでもねーんだけど。
あかねもそこんとこ分かってくれてるから、納得してくれたんだと思う。

あかねに言うのは、俺が本当に一人立ち出来た時、だな。


もうずっとロクに眠ってなかったから、心も身体も安心しきって、急激に眠気が襲ってきた。
意識を保っていられない。

それはあかねも同様のようで、もう目が閉じかけていた。
それでも一生懸命、目を擦っている。
それがあまりにも愛しくて、抱き寄せた。

あかねが俺の腕の中で擦り寄ってふんわりと微笑む。

「・・・乱馬、大好、き・・・」
「うん・・・俺、も・・・」

もー無理だ。
二人ほとんど同時に目を閉じた。



愛してる。
俺の命よりも大切な、生涯ただ一人の人。


   “いのちの最後のひとしずくまで あなただけを愛してる”


あとがきと裏話
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