最後の恋

16.未来<side R>

あの後、良牙はすぐにいなくなった。
本人は「ちょっと出掛けてくる」と言って小屋を出て行ったが、戻って来ないことを考えるとまた何処かで迷ったんだろう。

別にどうでもいい。

俺自身のこの状況は、何も変わりはしないのだから。
一体どれくらいの時間が経っているのか、それすらわからなく・・・いや、どうでもよくなっていた。


そんな毎日に変化が訪れたのは、何日後のことだろう。


静かなこの山奥に人の足音がし始めた。
良牙が奇跡的に戻って来れたのかと思ったが、違う。
男の足音じゃない。

いや、男とか女とかいうよりも、これは、俺が一番会いたくて、一番会いたくない人の気配。


そんなわけない。


こんなとこに来るはずないんだ。
俺の居場所を知るわけないし、知ってたってわざわざ来ないだろ。


俺、あかねのこと考えすぎて、想いすぎて、とうとう幻聴まで聞こえるようになったのか?


脳が必死に否定するものの、心は期待する方向へ向かう。

会いたい。会いたくない。
そうであって欲しい。そうであって欲しくない。


足音はどんどん近付いてくる。
そして、小屋の前で、止まった。

俺は、自分の喉がごくりと音を立てるのを聞いた。


一呼吸置いてから、コンコン、と古い木の扉を叩く音が響く。

そして、
「すみません。どなたかいらっしゃいますか?」
と。


紛れも無くあかねの声だった。


幻聴じゃない、幻聴じゃないんだ。
扉の向こうに、あかねがいる。

あまりのことに俺は声を出せなかった。

しばらくの沈黙の後、キイ・・・と小さく音を立てて、扉が開いた。
投げ出したままの手も足も全く動かせないまま、俺は扉の先に立つあかねと対面した。


あかねは・・・笑った。
俺を見た瞬間、嬉しそうに笑ったんだ。

そしてゆっくりと、中に入ってきた。


「な、んで・・・・・・」

俺はやっとのことで、言葉を紡ぎ出した。
するとあかねは、俺の目の前に膝をついて、話し始めた。

「乱馬が行きそうな場所を片っ端から探してたの。そしたら、良牙くんから葉書が来て・・・。『乱馬と青森で会いました』なんて書いてあったけど、『みんなで前に修行したことのある場所です』とも書いてあったから、一緒に修行した場所を全部探した」

探した?
誰を?

俺を?

「探したよ。・・・乱馬を」
怪訝そうな顔をしたからか、あかねは笑って俺の疑問に答えた。


「・・・痩せた、ね」
「・・・お前もな」

事実、あかねは明らかに痩せていた。
少し胸が痛んだ。

けど、何であかねが俺を探していたのか、その疑問はまだ消えていない。
別れたい、離れたいと言った男をわざわざこうして探した理由って何なんだ・・・?

「何で俺を探して・・・?」
「乱馬に、伝えたいことがあって」

ますますわからない。
こんなに必死に探してまで、伝えたいことって・・・?

あかねは、短く息を吸うと、吐き出すのと同時に言った。



「あたしね、乱馬のことが好き」


え・・・・・・?


訳が分からないくせに、身体が、心が、全身で喜んでいる。
汗がどっと噴き出して、ただでさえ早かった鼓動が早鐘のようになる。


「あ、え? 別れたい、ってのは・・・」
「あれは・・・ごめんなさい。嫌いになったとかそういうわけじゃなくて、好きだから一度離れようと思ったの」
「・・・・・・?」
「・・・乱馬のことが、好きで。好きで、好きすぎて、周りの子みんなに嫉妬して。乱馬に近付く子みんな消えちゃえばいいのにって思ったりした。そんな自分が嫌だったし、醜い心を抱えたあたしを、乱馬にだけは知られたくなかった」


それは。
それは、俺があかねをいつでも独占していたくて、でもそんな気持ちをあかねには知られたくなくて、必死に隠していたのと同じだ。


同じ。
同じだったんだ、俺たち・・・。


「俺も」
「え?」

「俺も、あかねに近付く男みんないなくなっちまえと思ってたよ。・・・実際、腕に物を言わせたことあるし。俺の方がひどいと思う。とてもあかねには見せられない感情でいっぱいだった」
「ううん。乱馬はいつでも優しかったよ。あたしに気を遣って、感情をぶつけたりしないようにしてたでしょう? それに長い間気付かなくて、追いつめてしまって・・・ごめんなさい」
「なんで謝るんだよ。大体、あんなことされておいて許せるあかねがすげーよ」
「違う、それはそこまでさせたのがあたしだから、乱馬は悪くない・・・」

「違っ、俺は・・・ずっと思ってたんだ。あかねをめちゃくちゃにしたいって。好きだから、誰にも渡したくないから、俺の手で壊してしまえって。おかしいだろ?」

言ってしまった。
一番知られたくなかったことを。


でも、あかねはこう言った。
「・・・その気持ち、なんとなくわかるよ」
意外な一言だった。

「でも、あたしはそんなに簡単に壊れないから。残念でした!」
「なっ・・・何だよ、それ。可愛くねーな」
「可愛くなくて、悪かったわね!」
「んだと?」
「何よっ」


俺たちは互いを睨み合って。
そうしてどちらからともなく、吹き出していた。


ひとしきり笑うと、とてもスッキリした。


「なんか、俺ら・・・こうやって言い合いしたの久しぶりだな」
「うん。本当に・・・久しぶりだね」

こうしたら嫌われる、とか、これはダメだ、とか。
一人で決めつけないで、あかねに言えば良かった。

あかねは、俺の気持ちをこうして受け入れてくれるのに。


「・・・ごめんな」
「あたしも、ごめんなさい」


俺たちはきっと今、同じ思い。

きっとこれからは、付き合う前とも無理をして付き合っていた時とも違う、新しい二人の関係が築ける。


たくさんケンカもして、ぶつかり合って。
その分、お互いを受け入れて、抱きしめ合おう。


「いっぱいケンカしようね」
あかねが俺の言おうとしたことを先に笑顔で言いやがったので、言い返してみた。

「たくさん・・・も、しような」
俺の言葉に、あかねはすぐに顔を赤くして
「バ・・・バカッッ」
と言い返してきたけれど。
「え? 俺何も言ってないけど? 何て聞こえたのかな〜? 言ってみろよ」
さらにからかうと、頬を膨らませてそっぽを向いた。


俺はその耳元に近付いて、そっと囁く。
「一生、離さないからな?」

あかねはパッとこっちを見ると、頷いてから
「一生、離さないんだから」
と耳元に囁き返してきた。


俺たちはお互いを見合って、笑った。


君の笑顔も泣き顔も全部守っていくから。
俺の側で、俺を支えていて。

そして、同じ道を歩いて行こう。


これが、最初で最後の恋だから。


    ここにある僕の気持ちを ずっと大切にしていたいよ
    体中で感じた答えは 手を繋ぎこの道を歩くこと

    探してたずっと前から 終わることのない愛の形
    君がくれた言葉の意味さえ 上手くわからずに傷つけたけど

    こんなにも誰かを愛しく思えること 何よりも誇りに思うから
    君を支えたい いつも君の側で 愛はいつでもこの胸の奥で

    Love is・・・ for good こんなに優しくなれたのは 君がいたから
    Love is・・・ for all その笑顔が見たいから このまま側に居させて

    描いてた幸せの花 いつか咲かせたい君と二人
    ここに居るよ いつも側に居てよ 辛い時は君の杖になろう

    同じ歩幅で二人で生きてゆこうよ 過ぎてく季節を確かめ合って
    涙の数だけ君を照らせるように 未来はいつもこの空の下で

    Love is・・・ because 気づけばいつのまにか 近くに感じていた
    Love is・・・ believe 忘れないさ いつの日も 心に愛を届けよう



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