最後の恋
15.行動<side A>
付き合っている時は乱馬のことばかり考えてて、特に目を向けなくても済んでいたこと。
それは、あたしの周りから、騒がしさが一切なくなったということだ。
シャンプーも小太刀も、いつからか全く会わなくなった。
右京も2年から違うクラスで、同じ学校にいるはずなのにほとんど見かけない。
良牙くんやムースさえ、まるで全員で示し合わせたかのように姿を現さなくなった。
そして改めて思う。
みんな、乱馬がいたから集まってきていたんだって。
乱馬というカリスマ的存在が、みんなを惹きつけていた。
彼がいなければ、あたしと関わることはない人たちだったんだ。
それってなんだか、悲しい。
家族は、乱馬がいなくなったことを未だ誰も口に出さない。
あたしに気を遣ってか、何事もなかったかのような生活をしている。
家の中はとても静か。
八宝斉のおじいさんでさえ、大暴れすることがなくなった。
あたしの周りは、本当に静かになってしまった。
それは彼がいない寂しさに余計拍車をかけたけれど、全て甘んじて受け入れていた。
そんなあたしのところに予期せぬ来訪者がやってきたのは、夏休みも残り少なくなったある日の午後だった。
「ちょっと顔貸してんか」
かすみお姉ちゃんに頼まれた夕飯の買い物に出た直後。
話があるという右京の後ろを大人しくついて行くと、近くの空き地に辿り着いた。
「単刀直入に聞くけど・・・乱ちゃんどないしたん」
「・・・・・・」
きっと、そういう話だろうと思っていた。
「気付いてたからいつからか姿を見せなくなったんだろうけど・・・あたしたち、自分たちの意思で付き合ってたの。そして・・・最近別れたから、乱馬はうちを出て行ったわ」
ごめんなさい。
そう謝ってしまいたかった。
みんなが大好きな人を独り占めしておいて、こんな結果しか出せなかった。
でも謝ることは逆に失礼な気がして、気丈に接した。
「・・・それで、あかねちゃんは何してるん」
「え?」
何を聞かれたんだろう。
てっきり『じゃあうちが乱ちゃんと』って言うと思ってたから、あたしのことを聞かれるとは思っていなかった。
「何って・・・?」
「お前、乱馬追い出して、一人のうのうと暮らしてるか」
突如自転車と共にシャンプーが現れた。
偶然?
「あたしは・・・乱馬から離れた方がいいの」
どうして上手くいかなかったのかなんて、説明出来そうになかった。
あたしが、乱馬を傷つけて、追いつめました、って言うの?
ここで毅然とした態度を崩したら、泣き出してしまいそう。
「それでも」
右京は、あたしを真っ直ぐに見据えたまま、真摯な瞳を逸らさない。
「それでも乱ちゃんが必要としているのは、たった一人なんや」
・・・・・・。
どうして?
どうしてそんなことを、あたしに?
「あかねちゃんは知らんやろうけど、うちら・・・うちとシャンプーと小太刀、前に乱ちゃんに呼び出されてん。『あかねが好きだ』 『一生守っていきたい』って、はっきり言われたんよ」
あたしの疑問に答えるように、右京が呟いた。
・・・知らなかった。
乱馬が、3人にそんなことを言っていたなんて。
喜んじゃいけないのに、砂漠に水が湧き出るように、あたしの心には嬉しさが広がった。
「正直な、乱ちゃんがうちらに曖昧な態度をとったり、あかねちゃんに素直やないことばーっかり言うてる時は、付け入る隙なんていくらでもあるて思いよった。けど、あんなに乱ちゃんの心が決まってて、しかも他人に宣言出来るんなら、もう一生この人の気持ちは変わらんやろうな、そう思ったんよ」
「お前のために言ってるんじゃないね。愛人(アイレン)のためね」
「むしろあなただけならもっと苦しめ、ですわ」
さらに小太刀が現れて嫌味を言った。
乱馬は出会ったときから、口は悪かったけど全身全霊であたしを守ってくれた。
想いを伝え合ってからも、その優しさは、慈しみはあたしに惜しみなく向けられて。
いつだって大切にしてくれた。
変わってしまったことですら、きっとあたしを想ってくれていたから。
じゃあ、もしかして・・・。
出て行ったのも、あたしのため・・・・・・?
あたしは、自分のことばかり考えてきたんだ。
乱馬のため、なんて思いながら。
自分の気持ちだけで乱馬の想いを勝手に決め付けてた。
あたしにどうしてほしいのか、乱馬の口からは聞いていない。
自分の想いも、全く伝えていない。
傷つくのが怖くて、自分から諦めた。
もし、乱馬がもうあたしを全く必要としていないのなら、今度こそ別々の道を歩くけれど。
もう行動する前から諦めるなんてしたくない。
あたしから、乱馬にぶつかっていきたい。
あたしが乱馬を変えてしまったのなら、戻すことだって出来るはず。
そして、新しい方向へ変えていくことも。
乱馬と。ありのままの乱馬と。
ケンカが、したい。
「・・・ありがと」
「別に」
「何も言ってないね」
「そうですわ」
ありがとう。
3人とも本当に乱馬のことが大好きなんだって、痛いくらい伝わってくる。
好きだからこそ、出来ることがある。
それを、教わった。
乱馬。
あたしのたった一人の人。
誓える。
これが、最後の恋。
今度こそ、絶対に離さない。
辛い思いなんかさせないから。
本当に欲しいものは、自ら掴みに行く。
恋の糸を、自分で手繰り寄せる。
“伝えたいもっと 限りない想いを もう何もかも 失ってもいい
この恋がすべて その時何かが 生まれたら それは・・・”
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