最後の恋

14.切望<side R>

暗い。
夜・・・・・・?

まあいいか、どうでも。


それを考えることすら億劫で。
俺は、投げ出した肢体に力を入れ、腕を上げて邪魔な前髪をかき上げる。
意識しなければ身体に力が入らない。

脱力感、とか、無力感、とかいう言葉の意味を、今心底実感していた。


あかねと離れて、1ヶ月。


正直、ここまで自分が駄目になるとは思わなかった。

あの日、漠然と『あかねと離れる』ことだけを意識して天道道場を出た。
元々安住の地にいられた期間の方がずっと短いし、野宿等も慣れている。

修行していればどうにかなる、と安易に考えていた部分もあった。


・・・が。

実際には、身体を動かしていても晴れることのない思い。
心ここにあらずの状態では全く身にならない『修行』。

好きな女一人幸せに出来なくて。
おまけに離れたら修行さえままならない。


俺から格闘をとったら何が残る?
何も残りはしない。

つまり、俺は今、全く中身のない人間だということになる。


この行動が無意味だと気付いた時、名ばかりの『修行』を止めた。
動くのを止めたら、途端にほんの少し身体を動かすことすら嫌になっていった。


どことも知れぬ山奥で、誰も使っていない小屋に一人身を潜めて。

そうして何日が過ぎたのだろう。
ぼんやりしているといつの間にか眠気はやってくる。

薄暗い山小屋の隅では、朝か夜かの判別もつきにくいが、それすらどうでも良くて。


ただ、一つだけ常に頭にあることは。
頭から離れないことは。
あかねはどうしているだろうか、ということ。


幼い頃から、母親の絶対的愛情も知らずに育った。
友だちが出来てもすぐに離れてしまうから、何かに執着したりすることを避け、無意識に大切なものを作らないようにしてきた。


そんな自分が、初めて全身全霊を懸けて守りたいと、大切にしたいと思った彼女。


その彼女を、自分の手で壊した。

生きる意味を見失った。
自分の価値がわからなくなった。

俺は今何故ここでこうしているのか、とふと思うことがある。
その度に、彼女を守るために、彼女から離れた場所にいるのだということを再認識し、自分の行動には意味があるとぼんやり思うのだ。


あかねが幸せならそれでいい。
俺自身は彼女なしで幸せになどなれないけれど。
それでこそ自分への戒めになる。



そうして今日もぼんやりと過ごしていた。
思わぬ来訪者によってほんの少しの変化が訪れるまでは。


「すみません、ちょっとお尋ねしたいことが・・・って、え!? 乱馬!?」

誰だ?

「乱馬! どうした!!」
頬を思いきり殴られ、痛みはさほど感じなかったが感覚が少し戻る。

良牙・・・?

「何だ、生きてんのか・・・驚かすなよ」
「・・・・・・」
生きてるよ。いきなり殴んな。

「何でこんなとこに? 修行・・・って風貌でもねえな。すっかり痩せちまって。まるで生気がねえぜ。おい、何とか言え」
「・・・・・・」


「あかねさんはどうしたんだ」
ピク。
自分でも笑えるほど、その名前には反応する。
それは良牙にもモロに伝わったようだった。

「貴様・・・あれだけの大口を叩いておきながらこのザマか。・・・お前があんなにはっきりとあかねさんを幸せにすると誓ったから、俺は・・・」
「・・・あかねは」

声を出したのも久しぶりだったが、それよりも『あかね』という言葉の発音に一瞬聞き入った。
何度も、何度も口にした、たった一つの愛しい名前。

「あかねは俺がいないことで幸せになれるんだ」
「・・・・・・?」
「あかねが離れたがってんだ、俺はいなくなるしかないだろ?」
「そ、れは・・・そんなはずはない! あかねさんは・・・」
「良牙。これは俺たちの問題だ。恋人として一緒に過ごした結果、出した結論がこれなんだよ」
「・・・『恋人として』か。嫌なこと言ってくれるぜ。それで? お前はどうすんだ」
「?」
「このままここで朽ち果てるつもりかよ」

それもいい。
そう思ったが、言わなかった。

「ま、あかねさんを幸せに出来なかった腑抜け野郎に、俺も用はねえぜ」
「ああ」
「あかねさんは、俺が幸せにしてやるよ」
「ああ」
「・・・っ、それでいいのかっ? 本当に身も心も腑抜けになっちまったってのかっ!」
「・・・・・・」

何でもいい。
誰でもいい。

あかねが幸せになるのなら。

今もこれからも、願うことはただ一つ。
彼女が幸せでありますように。


それだけを願って、生きていく。


   “もしこれが戯曲なら なんてひどいストーリーだろう
     進むことも戻ることもできずに ただひとり舞台に立っているだけなのだから”



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