最後の恋
13.悲愁<side A>
―高3 8月―
「あっつー・・・」
「ほれ」
「びゃっ!?」
頬に突然冷たさを感じて仰け反る。
「ぶっ・・・何だよ、その声。もうちょっと色気のある声出せねーのか? “きゃっ”みてーな」
「っるさいわねー、あんたが言った方がよっぽど気持ち悪いわよっ」
「んだと?」
「なによー」
そう言いながらも、乱馬はあたしに缶ジュースを差し出してくれてる。
『取れ』と言わんばかりに。
「・・・ありがと」
「おう」
乱馬は照れたように顔を背けて向こうへ去って行った。
自分も修行中なのに、あたしのことも気遣ってくれることが嬉しかった。
あれ? 寒い。
乱馬、どこ?
一人では寒すぎて耐えられないよ。
「あかね」
「乱馬!」
「おいで、あかね」
笑顔で広げられた両腕に飛び込む。
「暖かい・・・」
そして、温かい。
「そっか?」
「うん」
「・・・。あかねは可愛いなあ・・・」
「そ、そう・・・?」
「ああ」
乱馬が可愛いって言ってくれるのは、くすぐったいけど、すごく嬉しい。
一番安心出来る場所。
いつまでもこうして、抱きしめていて。
・・・夢・・・・・・。
違う、これは『記憶』。
思い出が見せる、夢。
またか・・・。
乱馬がいなくなって1ヶ月。
あの日。
二人が別々の道を選んだ日に、乱馬はこの家を出て行った。
置き手紙も何もなく、ただいつも乱馬が修行に行く際持っていくリュックがなくなっていた。
修行に出たのか、それとも別の場所で暮らしているのか。
あたしは敢えて、彼のその後を考えないようにしていた。
もうあたしとは関係ない。
あたしはあの手を離してしまったのだから。
今まで、一体乱馬の何を見てきたんだろう。
どこを好きだったんだろう。
表面的なものしか、見ていなかったくせに。
彼のことを理解せず、本心を隠させ、一方的に追いつめた。
辛い。悲しい。苦しい。
それでも浅ましいあたしが思い出すのは、楽しかった日々。
笑い合ったあの一瞬を、繰り返し夢に見る。
そして気付く。失ったものの大きさに。
動けない。
前に進めない。
あたしの時はあそこで止まってしまった。
あの腕の温もりも、柔らかな長い髪の感触も。
優しい言葉も、甘い仕草も。
全て鮮明に覚えているのに。
身体に、心に、あたしの全てに刻まれているのに。
どうしてほんの少しでも距離を置いて生活できるなんて思ったんだろう。
あたしにとって、貴方は誰よりも何よりも大切な存在だったのに。
自分の気持ちしか見えていなかった。
自分の想いだけで常に心がいっぱいで。
本当の乱馬の気持ちに、これっぽっちも気付かなかった。
それは、あたしの罪。
だから、追えない。
彼を求められない。
これは、自分への罰。
ここから一歩も進むことが出来なくても。
どれだけの苦汁を嘗めようとも。
あたしは、思い出の中の、記憶の中の貴方を愛するから。
もう、未来の貴方は傷つけない。
“絶望と希望 永遠に揺れる 現実と夢 幻
あなたなしで今 生きられない 助けて・・・”
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