最後の恋

9.独占<side A>

 ―高3 4月―

あたしたちは、高校3年になった。

乱馬と・・・クラスが離れてしまった。
そうなるかもしれない、そうなったらどうしようと考えていたことが、現実になった。


辛い。
すごく辛い。


他の人から見たら、「なんで?」って感じかもしれない。

一緒に登校して、一緒に下校して。同じ家で暮らしている。
あたしは“彼女”であり“許婚”で、乱馬に愛されてる。
乱馬は常にあたしを大切に扱ってくれる。


それでも消えない不安。

だって、永遠なんてどこにもない。
いつ心変わりするかわからない。


ほら、現に今だって・・・。

「ねえねえ、早乙女先輩って知ってる?」
「知ってる! チャイナ服におさげの人でしょ? かっこいいよね〜」
「運動神経も抜群らしいよ」
「あたしこの前さ、転びそうになったとこ助けてもらっちゃった! サッと支えてくれて、もー王子様かと思ったもん」
「彼女とかいるのかな〜。調べてみる?」

きゃいきゃいとはしゃぎながら、廊下をすれ違う女の子たち。
あれは、入ってきたばかりの1年生。
真新しい制服が、背伸びをしているような可愛らしさを引き立ててる。


どうしてどんどん格好良くなっちゃうの?
他の女の子なんか構わなくていいのに。
あたしにだけ優しければそれでいいの───。



 ―高3 5月―

新しいクラス、新しい友だち。
楽しい。こうして過ごすのも悪くない。


でも、その中に乱馬がいないのは、やっぱり寂しい。

高校生活最後のいろんな行事を、一緒のクラスでしたかったなあ。
・・・思ってもどうにもならないことを、毎日毎日考えるものなんだ、人間って。


そういえば、今日は乱馬遅い。
HRが長引いてるのかな・・・?

クラスが分かれてから、乱馬はHRが終わるとすぐに迎えに来てくれるようになった。

優しい乱馬。完璧な彼氏。
皆が羨ましがる。あたしは騒ぐ周りをたしなめながら乱馬の元へ行く。一緒に帰る。

もちろん、朝も同じ場所まで送ってくれる。


何も不安に思うことなんてない。これ以上を望んだら、ばちが当たる。


今日は、あたしが迎えに行こうかな。
乱馬のクラスがどんな雰囲気か見てみたいし。

帰り支度を済ませカバンを持って、5つ先の教室へ向かう。

目的のクラスに辿り着くと、もうとっくにHRは終わっていた。
教室に残っているのはわずか7、8名。その男女が一つの輪を作って歓談していた。

みんなとっても仲が良いみたいで、ふざけ合ったり肩を叩いたりしている。

その輪の中心にいたのは・・・・・・。


「あかね?」

乱馬があたしを見つけて笑顔で手を振った。
でも乱馬自身よりも、その後ろであからさまに舌打ちした女の子たちに目がいった。

「来てくれたのか」
「うん、いつも来てもらってちゃ悪いし」
「んなこと気にすんなよ。悪い、今日は遅くなった。もう帰る用意してきたんだろ? ちょっと待ってて・・・」
「あ、いいよ? 話してたんでしょ? あたし先に帰るから」
「え、でも・・・」
「いいってば。たまにはゆっくり話してきたら? あ、じゃああたしもクラスの子と話して帰ろうかなっ」


最近、一つだけ自信のあることがある。
作り笑顔が、上手くなった。

「じゃ、またね」
あたしは乱馬の返事を待たずに踵を返してその場を去った。

ゆっくりと。
次第に、早歩きで。
角を曲がって乱馬から見えなくなると、走り出した。

嫌だ。
他の子と仲良くするなんて。
他の子に笑いかけるなんて。


いや。イヤ。嫌。イヤ。嫌・・・。


どす黒い気持ちを抱えて靴を履き替え、門の外に出た時、後ろから肩を掴まれた。

乱馬だった。
走ってきたようで、少し息を切らしながらも、あたしが振り返ると
「良かった、追いついた」
と笑った。


胸が高鳴る。
ドキッとする。

こんな間近でそんな笑顔、反則だよ。
さっきの子達にもそんな風に笑いかけたの・・・?
“あたしを迎えには来ないで?”

一瞬言い掛けた言葉を、飲み込んだ。


「いいの?」
あたしはわざとらしさを隠して何気に言葉を紡ぐ。
「ああ、そんな大した話してなかったし」
“大した話してないんだったらすぐ迎えに来てくれれば良かったのに。”


「そう」と笑顔を返しながら、なんて卑屈なことを考えているんだろう。


優しくしないで。
あたしはこんなに大事にされていい子じゃない。

優しくして。
あたしにだけ、その笑顔を見せて。


汚い。醜い。
嫌なことばかり考える女・・・・・・。


   “こんなに好きなんです しかたないんです
     たしかに好きなんです もどれないんです”



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