最後の恋

10.偽善<side R>

 ―高3 6月―

高3になってクラスが離れてから、俺の不安はますます強まる一方で。

朝と帰りに教室まで送り迎えして、昼休みを一緒に過ごすだけでは全然足りない。
休み時間もしょっちゅう様子を見に行っている。もちろん、気付かれないように。
他の野郎と仲良さげに話そうもんなら、後でそいつは呼び出し、厳重注意。多少腕に物を言わせることもある。

そんなことを知る由もないあかねは、今日も笑顔で皆に接する。

「おはよう」と声を掛けるその声音。
話し掛けられた時の「何?」と首を傾げる表情。
一つ一つの言葉が、動きが無意識に男を誘ってるなんて気付きもしない。


・・・最低だ。
そうやってにこやかに、無邪気に、俺の心を踏み荒らす。

最高に可愛い、天使の顔をした、悪魔。


その小悪魔を、俺は毎日甘やかす。
出来るだけ優しく、紳士的に。

あかねが俺から離れていかないように。

あかねさえいてくれれば他には何もいらない。
あかねが俺の全て。



そうして今日も、いつものように訪れた昼休み。

迎えに行くと、あかねはクラスの女子数人と話をしていた。
「あっ、早乙女くーん」
俺に気付いた一人が、手を振って笑い掛ける。

誰だよ、こいつ。

そう思いながらも会釈して近寄る。

「今ね、あかねも一緒にお昼ごはんどうかなあって話してたの」
あ、そう。
「あかね。俺教室戻ろうか?」
「ううん! 出来たら、早乙女くんも一緒にって話してたのよ、ねー」
「う、うん」
あかねに聞いているのに、周りが反応するのがこの上なく鬱陶しい。
「ねえねえ、早乙女くんもここで食べようよぉ。お弁当でしょ?」

・・・うざ。

けど、笑い返すあかねを見る限り、こいつらを邪険に扱うのはまずいだろう。
俺はにこやかに、あかねに問い掛ける。

「俺は別に構わないけど・・・どうする?」
「う、うん。乱馬がいいなら・・・」
「やったー! じゃあじゃあ、ここにどうぞっ」
「みんな早乙女くんと話してみたかったんだよねー」

用意された椅子に座る。
8つの机を付け、その周りに6人の女子と、あかねと、俺で作った輪。
あかねは、俺の隣の隣の隣、正面辺りで大人しくしてる。


交わされるくだらない会話。
耳に付く女子の笑い声。
適当に相槌を打つ俺。

その中でも、俺が気を配るのはたった一人。
敢えて目を向けなくても、全神経がそこに集中しているから、ほんの少しの動きでもすぐに分かる。
あかねは、普通に近くの友だちと話している、ように見える。

けど、何かおかしい。
具合でも悪いのか?


俺は全員が食べ終わって話もひと段落ついたところで、おもむろに立ち上がった。
「あかね。顔色が悪いけど・・・どうかしたのか?」

あかねの側へ回る。
皆が動向を窺っている。
目の前で片膝をついて、片手ずつで軽く自分とあかねの前髪をかき上げ、でこを合わせると、女子たちがきゃあと騒ぐのが聞こえた。

「熱がある。保健室へ行こうか」
嘘だった。特に熱さは感じられなかった。
だがここから抜け出すには、そう言った方が好都合だった。

「う、うん・・・」
あかねはさっきから、俺に全く話し掛けようとしない。
こっちを見てもいない。
俺から話し掛けてもこの通りだ。

そのことも、俺がこうして周りに見せつける原因の一つになった。


抱えていこうとあかねの背中と膝裏に腕を回そうとすると、あかねはすぐに
「・・・いい! 歩けるから」
と拒否してきた。

皆に見られるのが嫌なのか、それともその行為自体が嫌なのか。


どちらにせよ、無理強いはしない。


「わかった。じゃあ、行こう」
肩に回した手を振り払われることはなかった。
あかねは小さく皆に
「ごめんね」
と呟くと、歩き出した。

俺は俺で、振り返って
「ありがとう。楽しかった」
とわざとらしい笑みを浮かべ、その場を去った。


保健室には、誰もいなかった。

「熱測るか?」
「ううん・・・帰る」
「そっか。じゃあ用意してくるから、待ってな」
「いいよ、あたし自分で出来るから。乱馬、自分の教室戻って?」
「何言ってんだよ。そんなこと出来るわけないだろ? 一緒に帰るよ。鞄取って来る」


今、一瞬本気で拒絶されたような気がした。
気がしただけだろ、と考えを振り払い、保健室を出る。


二人分の鞄を持って保健室に戻ると、あかねは俺が出て行ったときのまま座っていた。
虚ろな表情をしていた。

「さ、帰ろう」
またそっと肩を抱く。あくまで、優しく。

あかねは何も言わなかったし、抵抗もしなかった。


帰りながら、俺は彼女を精一杯気遣う。
「大丈夫? もっとこっち来たら」

その言葉が紙切れのように薄っぺらに聞こえるのは何故だろう。

あかねを大事に思っている気持ちに、嘘偽りなどないのに・・・・・・。


   “守ろうとした 手のひらで 握りつぶしてしまうよ
     ただ 君さえいればいいのに こらえ切れずこぼしていた”



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