最後の恋

11.激情<side A>

 ―高3 7月―

“こんなならみんないなくなっちゃえばいいのに。”

なんで乱馬に構うの?
この人はあたしのなの。
興味なんか持たないで。
話し掛けないで。
笑い掛けないで。


“あたしがいないとダメな人になればいいのに。”

なんで他の子を構うの?
あたしだけ見て。
あたしだけ愛して。
あたしの声だけ聞いて。
あたしにだけ笑い掛けて。



もういや。もういや。もういや。

こんな自分が最高に嫌だ。
あたしは、優しい乱馬に付け込んで、彼に甘えている。


いつからこんな風になっちゃったんだろう。
あたしはもっと、しっかりした子だと思っていた。
好きな人が守ってくれないとダメな子にだけはなりたくなかったのに───。


これ以上あたしと一緒にいると、乱馬がダメになる。
彼はあたしには勿体ないほど、素敵な人。

あたしから解放してあげなくちゃ。
彼を、自由に。



・・・本当は、こんな自分に疲れただけかもしれない。

彼のため、なんて思いながら。
単純に、彼を好きすぎて勝手に自分の気持ちを持て余して、行き場がなくなって。
八方塞がりで、身動きの取れない自分を擁護したいだけなのかも。


どこまでも、自分勝手で、醜いな・・・。


そんな自分と決別しよう。

乱馬はきっと分かってくれるはず。
ううん、もうこんなあたしに気付いているかもしれない。
気付いていて、黙って側にいてくれたのかもしれないんだから。



その日は、朝からとてもいい天気だった。
何事もなく過ぎた一日の終わりに、空が綺麗な青から赤に変わっていくのを、誰も居なくなった教室でぼんやり見ていた。
今日なら言える気がした。

乱馬が部活の助っ人から帰ってきたら、切り出そう。

嫌いになったわけじゃない。
ただ少し、距離を置いて生活したいって。


乱馬が着替えまで済ませてあたしの教室へやって来たとき、空はその紅さが紺に飲み込まれようとしていた。

「悪い、待たせた」
「・・・うん」
「帰ろうか。大分暗くなりかけてるし」
「・・・うん」
「・・・あかね? どうかしたのか?」
「・・・うん。ねえ、乱馬」
「ん?」


「あたし達・・・別れよ・・・?」


「・・・・・・え?」

言ってしまったものの、次の言葉が続かない。
何を、何を言うはずだったんだっけ。
沈黙が来てしまう。空気が重くなる。


「何言ってんだ。冗談はよせよ・・・」
乱馬が半笑いで返してくる。
早く次の言葉をつなげなくちゃ。伝えなくちゃ。

「冗談じゃないの。本気。あたしたち・・・離れた方がいいと思う」

そう。
貴方の事が好きだから。
大好きだから、一旦離れるの。

「だって・・・だって、あたし、あたしね」
「言うな!!!」

突如として響いた大声に、思わずびくっとなった。


「別れる? 離れるって? 誰から? 俺から? ああ、そう。あそう。はは、ははは・・・」


「ら、乱馬・・・?」

いつの間にか紺から黒に変わろうとしている空のせいで、同じ教室内に居るのに乱馬の表情が見えづらくなっていた。

でも、乱馬が笑っていることだけは、分かる。


「だったら、最後に一回」
「え?」
「最後に一回、やらせてくれよ」

なんて言ったか、わからなかった。
乱馬の声が、聞いたことのないくらい低くて。
雰囲気がいつもの穏やかさとはかけ離れていて。

そっちに気圧されて、言葉の内容を理解出来なかった。


ただ、急に近付いてきて腕を掴んだ乱馬の表情で、雰囲気で、あたしは絶対に言ってはいけないことを口にしたのだと、悟った。


   “その手で その手で 私を汚して 何度も 何度も 私を壊して
     いつか滅び逝く このカラダならば 蝕まれたい あなたの愛で”




illustrated by 夢月乙沙さま

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