最後の恋
12.別離<side R>
『誰か止めてくれ』
頭の中でそう声がしたけど、それが無理なことは自分自身が一番よく分かっていた。
あかねが放った一言は、今までの紳士的且つ限りなく抑えつけてきた態度を一変させるのに十分な効力を持っていて。
何故ならそれは、俺が一番聞きたくなかったこと。
恐れていたまさにそのものの言葉だったからだ。
あかねが怯えようとも、泣き喚こうとも、最早関係ない。
大事なものを失った俺に怖いものなどない。
失いたくなくて、壊したくなくて、必死に作り上げてきた虚偽の自分。
ああでも、やっぱり駄目だった。
それでもあかねは、俺から離れていく。
どんなに閉じ込めようとも、最初から手に入る女(ひと)ではなかったのだ。
『過去の男になるぐらいなら、忘れられていくぐらいなら、壊してしまえ』
そうだな。そうしよう。
俺はあかねの側へ行って、右腕を掴んだ。
左肩を押して、机の上に倒す。
目に入ったのは、あかねの困惑した表情。
そりゃそうだ。
今まで優しい男を演じてきたんだから。
でもそれはな、全部嘘なんだよ。
本当はいつだって、こうして時間も場所も気にせずあかねをめちゃくちゃにしたかった。
俺の容赦ない行動に、あかねの頬に涙が伝う。
泣いたって、離してなんかやらない。
最初は「嫌」だとか言っていたが、俺の乱暴な振る舞いにもう言葉も出ないようだった。
されるがままに投げ出される身体。行為を止めない俺。
・・・その時。
あかねが俺の背中に腕を回してきた。
そっと回された手が、ぎゅっと俺を抱きしめる。
大切なものを包むように。
愛しいものを守るように───。
「な、んで・・・・・・」
声が、掠れた。
涙が、溢れた。
あかねはどこまでも清らかで、どこまでも優しい。
こんな俺でも、全部受け入れると・・・?
終わりだ。
これで、何もかも。
もう元には戻れない。
気持ちが通じ合う前のあの頃とは違う。
一度手に入れてしまった。
触れ合う喜びを、幸せを知ってしまった今、見ているだけなんて辛いことこの上ない。
それでも・・・俺を最後まで受け入れてくれたあかねのために。
あかねから、離れよう。
こんなことをしてしまった後だけど、それでも。
俺があかねを完全に壊してしまう前で、良かった。
「・・・ごめん」
今更ながら謝罪の言葉を口にして、俺はあかねから離れ、背を向ける。
自分のしたことなのに。
あかねを直視出来ない。
離れたがっている男からのこの仕打ち。
それでもあかねは受け入れてくれた。
最後に。
最後に、あと一度だけ。
俺はあかねをまともに見られないまま、ゆっくりと向き直った。
そして、そっと近付き、出来るだけ優しく抱きしめた。
それは頭で『優しさ』を考えてからの行動でも、客観的に見られることを計算した上での行動でもなく。
どうしてもそうしたかったから。
心が、どうしてもこれだけはと訴えているから。
「一言だけ、言わせてくれ」
あかねは俺の世界の全て。
世界そのものだった。
たとえそれが、嘘で作り上げた生温い世界だったとしても。
「心から・・・好きだった」
嘘偽りのない言葉。
たった一つの真実。
もう一生会えなくても。
これだけは、覚えていてほしい────。
“「さよなら。」僕を今日まで支え続けてくれたひと
「さよなら。」今でも誰よりたいせつだと想えるひと”
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