最後の恋

8.抑制<side R>

 ―高2 3月―

俺はだんだんおかしくなっているのかもしれない。


最近、あかねを試すようなことばかり繰り返してる。
敢えて目の前で、他の子と話したり、誘いに乗ったりする。

気を持たせておいて、冷たく振ったり。
必死で回された腕を払いのけたり。

そんなことをしても何とも思わない。

俺の神経は常にあかねだけに向けられていて。
この状況をあかねがどう見ているか、そればかりを考えてる。
自分がどう見られているかをいつも客観的に想像している。


あかねはその度に、俺の期待通りの行動をとってくれて。

ますます、愛しい。



「乱馬。休憩中? タオル持ってきたよ」

ハッとして振り返ると、あかねが数メートル先に立っていた。
俺が裏庭で稽古していることに気付いて、タオルを換えにきてくれたらしい。

「ああ、サンキュ」
あかねが投げたタオルを受け取ってから、首に掛けていたタオルを外して投げ返す。


あかねは道着姿だった。
・・・嫌な予感がする。

「ねえ、乱馬。ちょっとだけ手合わせしない?」

やっぱり。

「ダメ」
俺はあかねが以前から時々言ってくるこの申し出を即座に断った。

「もー。言うと思った。いいじゃない、たまには!」
あかねはぷっと頬を膨らませた。
その顔は可愛いけど、ダメ。


「前にも言ったけど、俺はもう絶対手合わせはしない。元々俺は最初から、お前と手合わせするの嫌だったんだよ。昔は仕方なくしてたけど、今は断固拒否」
「・・・大丈夫だってば」
「大丈夫とかそういう問題じゃねーよ。俺が、万が一にでもお前に怪我させるような真似したくないの。手加減するとお前怒るし・・・とにかく、ダメなものはダメ」

「・・・わかった。じゃあちょっと走り込んでくるね」


苦笑いを見せて去ろうとしたあかねを呼び止める。
「あかね」
「なに?」

「夜、あかねの部屋行ってもいいか?」
「・・・・・・! ダッ、ダメだよ! 今日はみんないるし・・・」
「ぷっ。俺はただ宿題見てもらおうかと思っただけなんだけど」
「!!」
「何か期待した? あかねちゃん」
「・・・・・・」
あかねは、早口になったり手を振り回したり、忙しい。
今は林檎みたいな顔して俯いてる。


「ごめん。冗談」
からかうんだけど、必ず俺が先に謝る。
いつからこんな風になったか忘れた。

あかねを傷つけるのは嫌だ。
泣かせるのも嫌だ。



そういや、ケンカもしなくなった。



「あたしの方こそ・・・ごめん」
「え?」
「乱馬がそんなことするわけないのに。変なこと言っちゃった」

照れ笑いするあかねを見て、俺は『違う』と言いそうになった。
本心を押し殺して、相槌を打つ。

「じゃ、夜ね」

あかねは笑顔で走り去った。


俺が本当はあかねさえいいと言えば、周りのことなんて気にせず抱きたいと知ったらどう思うんだろう。


あかねの了承もなしに急に暴挙に出たら、怯えて、嫌がって、泣き叫ぶんだろうな。

それも見てみたい。


・・・そんなわけいくか。
あかねが傷つくことだけは、出来ない。



夜あかねの部屋に行ったら、やっぱりこいつは俺のごまかしを真に受けていて。

「宿題ってこの前出た数学の課題のことでしょ? 持ってきた?」
「ああ、今日はやっぱいいや。まだ提出まで時間あるし」
「そんなこと言ってると、またぎりぎりになっちゃうよ?」

俺は笑って済ませながらベッドに腰掛けた。


「あかね」
手招きすると、素直に目の前までやってくるあかね。
足の間に座らせて、後ろから抱きしめた。

「なあに?」

首筋に寄せられた唇の感触がくすぐったかったようで、あかねは少し身体を前に倒してから、俺の方を振り返った。

「いや、なんでもない。こうしてると安心すんだ」
曖昧に返しつつ、柔らかな髪に顔をうずめる。


「・・・乱馬、優しいね」


どこが。


唐突に言われた言葉に、思い切り疑問を抱いた。

「あたしの嫌がることは絶対しないっていうか・・・“彼女”にはこんな優しい人だったんだって。こうなる前の乱馬からは想像出来ない」



可愛いあかね。
愛しいあかね。
・・・俺の欲望に、気付かないあかね。

元からこんな自分だったわけじゃない。
自分でもこうなるなんて想像出来なかった。

こうなったのは、全てあかねのせい。
あかねに嫌われたくないから、自分の欲求を抑えつけているだけだ。


絶対に気付いてほしくない。気付かれてしまったら終わりだ。
そう思うと、ますます不安になる。


いつでも俺の側にいて。
「愛している」と囁いて。


   “晴れて僕らは汽車に乗り 手に入れたのはストーリー
     淋しいのは 淋しいのは 淋しいのは・・・ 君のせいだ”



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