最後の恋
7.優越<side A>
―高2 1月―
乱馬と付き合い始めてから、半年が経った。
最近の乱馬は、優しい。
まずあたしに「可愛くねー」とか「ずん胴」とか、罵ることがなくなった。
新しい服を着た時や髪型をちょっと変えた時、「可愛い」って言ってくれるようになったし、他の人に対してあたしのことを「あんな女」とか言うこともなくなった。
周りから冷やかされても、「だから?」と言わんばかりに堂々としてる。
その態度は、とっても男らしい。
・・・けど、そこに何らかの“不自然さ”を感じる。
なんだろう。この違和感。
そして今までの、女の子に関心を持たず、話し方もぶっきらぼうだった乱馬の物腰が柔らかくなることで、ますます女の子にモテるようになった。本人は気付いてないと思うけど。
元々、乱馬が知らないところで、彼に憧れる女子は結構いた。
許婚のあたしと右京の存在、そしていつ襲ってくるか分からないシャンプーや小太刀に恐れをなして本人に近付けなかっただけだ。今は、その3人がすっかり鳴りをひそめたことで、他の子たちの近付き方がちょっと大胆になってきている。
3人、か・・・・・・。
自分の席を立って辺りをぐるっと見回すと、ちょうど乱馬が教室に入る直前で他のクラスの女子に呼び止められ、何か話をし始めるのが目に入った。
数分後、話し終わって、お互い手を軽く振って別れる。
そんな、女子の声掛けをさらりとかわす乱馬が、知らない男の子に見えた。
―高2 2月―
時は2月中旬。そう、バレンタインデー。
去年はチロルチョコしかあげなかったから、今年ははりきって手作りした。
以前よりずっとみんながあたしの手料理を食べてくれるようになったこと、すごく自信になってる。
だからきっと、美味しいはず。
家で渡そうかな?とも思ったけど、いいタイミングがあったらその時渡しちゃおうと思って、学校に持ってきた。
朝、二人で登校すると・・・乱馬が靴箱を開けた瞬間、可愛らしくラッピングされた包みたちが溢れ出した。
・・・やっぱり。
あたしは密かに溜息をつく。
一応ここに彼女兼許婚がいるんですけど・・・全然牽制になってないみたい。
ボーッと考えていた間に乱馬は落ちた包みを全部拾い終わり、
「やるよ」
とあたしの目の前に差し出した。
え。
「え・・・?」
「俺、いらねーもん。あかねに全部やる」
あたしは思わず叫んでいた。
「だ・・・駄目よ! これは全部、乱馬に食べてほしいと思った子たちが一生懸命買ったり作ったり・・・」
「・・・じゃ、ありがたく頂きます。どれからにしよっかな〜。お、これなんかメッセージカード付いてら。なになに? 早乙女乱馬様・・・」
「・・・乱馬!!」
「嘘。あかねの言ってることは、分かるよ。けど差出人がないやつとかもあるみたいだし、今更返しようもないだろ? 俺はこんなに食えねーし、帰って中身だけ親父たちに渡す。どうしても返事が必要なカードにだけ・・・対応するよ。それでいいか?」
言葉が続かなかった。
あたしは矛盾してる。
他の子のチョコを無下に扱う乱馬を叱りながら、それらを大事にしてほしくもなくて。
対応しないと不誠実だって思いながら、関わってほしくない。
「・・・・・・」
乱馬はあたしの頭にぽんと手を乗せた。
「俺はさ、たった一人から本命チョコをもらえたら、それで十分」
あたしは何も言えないまま、教室へ向かう乱馬の背中を追いかけた。
放課後。クラス全体が帰宅準備や部活準備で慌しい中、こっそり他のクラスの女の子が一人、乱馬の側へやってきた。
「早乙女くん。今ちょっといい?」
乱馬は顔色を変えないまま「ああ」とだけ呟くと、教室を出て行った。
行かないで。
行っちゃダメ。
そう思ったけど、乱馬が全然こっちを向かなかったから、あたしを気にしていなかったから、言えなかった。
あたしの足が、自然と二人を追う。
こんなことするのは、ずるい。
分かってる。頭では分かってるけど、気になってしょうがないの。
どんなに頭でダメだって言い聞かせても、体が動いてしまう。
ゆっくり歩いていく二人を見つけるのは簡単だった。
そして、誰もいない生物実験室へ入るのを確認して、そっと近付く。
窓の向こうに、二人が見える。
「あの・・・これ、受け取って」
女の子は赤い包みを乱馬の目の前に差し出した。
乱馬は静かに口を開いた。
「ごめん、受け取れない」
「ど、どうしても・・・?」
「ああ」
「早乙女くん・・・!」
女の子は、咄嗟に抱きついた。
乱馬は、それを冷ややかな目で見てた。
動揺してうろたえると思ってたから、すごく意外だった。
その目が・・・一瞬こちらを向いた気がした。
慌ててもっと身を潜める。
姿を見ることが出来なくなった瞬間、耳に飛び込んできた言葉は。
「俺、そんなに優しくねーよ。大事にしたいのはあかね一人。それ以外の子なんてどうでもいいって、本気で思ってるから」
あ。
その言葉を聞いた瞬間、胸に沸いた感情。
あたし、うれしいんだ。
自分の醜い感情に気付かないフリをしていたけど。
本当は、乱馬がはっきりとあたし以外の子を切り捨てることが嬉しいんだ。
前から感じていた、違和感は、これ・・・?
人の不幸を見て、幸せを感じるなんて。
どこまで最低な女なんだろう。
「・・・何してんだよ」
突然声を掛けられて、不自然なくらい体がびくっとしてしまった。
「・・・・・・」
「帰ろうぜ」
いつの間にか出てきていた乱馬の言うままに、その場を離れた。
結局渡せなかったチョコは、帰ってからあたしの部屋で渡した。
「はい、これ。今年こそ、はっきり本命チョコだって言える。・・・去年もだったんだけど」
あたしは微笑む。乱馬も嬉しそうに笑ってくれる。
ねえ。あたしの醜い感情に、気付かないで。
笑っているから。
あなたの隣で、ずっと微笑んでいるから。
だから、心の中を見ないで。
“私の涙が乾くころ あの子が泣いてるよ このまま僕らの地面は乾かない
みんなの願いは同時には叶わない”
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