最後の恋

5.至福<side A>

 ―高2 10月―

恥ずかしかったけど、嬉しかったあのお祭りの日から、1ヶ月。


あれ以来乱馬は時々、キスしてくる。

例えば、放課後誰もいない教室。暗くなった学校の帰り道。

本当に“チュッ”って感じなんだけど、それがすごく幸せ。
する前ほとんど目を見ないとこも、ためらいがちに髪や頬に触れる指も、全部愛しい。

こうして乱馬のことを知るたびに、二人の時間が増える毎に、嫌になるどころか好きな気持ちがどんどん募っていく。


あたし、乱馬のことが本当に好きなんだなって、実感する。



付き合って3ヶ月強。
そろそろ、もっと先へ進む時期なのかな・・・?


この前、唯一の相談者・ゆかとさゆりから問い詰められて、キスしてることを教えちゃったんだけど、二人はその事実に、呆気にとられてた。

「・・・まだなの? それって、かーなーり遅いよね」
「乱馬くん、偉いな〜。ずーっと一つ屋根の下で暮らしてて、よく我慢してると思う」
「そ、そうなの?」
あたしの方が驚いて聞き返してみるも、
「そうよ。だって付き合う前までならまだしも、自分の彼女がすぐそこで寝てるってわかってて、耐えるの大変だと思うよ」
「だねー。でもあかねのこと考えて頑張ってくれてるんだろうし。いっそのことあかねから誘っちゃったら?」
と言われてしまった。


さ、さそうって・・・そんなの無理!


あたしだって、それがどういうことなのかわからないわけじゃない。
だからこそ、戸惑ってしまう。

二人には言えなかったけど、実は一回だけ、そういう雰囲気になりかけたことがある、し・・・。


何かの用事で乱馬が夜部屋に来て、少しの間他愛のない話をしていたんだけど。
ベッドに座っていると隣に乱馬が来て、キスをして。

いつものように笑い合って、幸せな気分に包まれる・・・次の瞬間、背中に冷たいシーツの感触があった。
ベッドがぎしりと音を立てるのを聞いた。

何がなんだかわからないうちに、乱馬の顔が迫ってきて。
身体は硬くなり、慣れない他人の手の感触に戸惑う。
頭の中はものすごい勢いで回転しているのに、そのくせちっとも何の答えも出ない。
動けない。緊張で首から下は別の人のものみたいな感覚。脳が命令しても伝達されない。


・・・けど、ほんの少し物音がした時、過剰なほどにビクッと反応してしまって。


あたしの様子を見て乱馬も我に返ったのか、周りを警戒していた。
その後。

乱馬は体を起こして、ベッドに座り直した。
あたしはその横顔につられるように、ゆっくりと起き上がった。


「・・・ごめんな」

口を開いた乱馬は、下向き加減のままこう言った。


「けど、俺あかねとこういうことしたいって、思ってる。・・・ずっと前から、思ってた」
頭の中がさっきのままで、言葉が全く出てこなかった。

「だから。だからさ、今度家族全員がいない日が来たら・・・」

こっちを向いた乱馬は、すごく真剣な顔をしてた。
目が合う。そのままゆっくりと抱きしめられる。



「あかねのこと、もらってもいいか?」



あたしは・・・ゆっくりと頷いていた。


乱馬といられたら、幸せで。
少しくっついていられるだけでも、十分温かい。

けど、それよりももっと近付く方法があるのなら。


未知なことへの恐怖心はある。

痛い、とか聞くし。そんなこと聞いたら余計に怖い。
でも、最高に幸せだとも聞いたことがある。

“痛くて幸せ?”
・・・それはきっと、好きな人との大切な時間だから。

もっともっと、好きな人に近付いて。
誰も入る隙間がないくらい、側に。


・・・うん。それはきっと間違いなく“幸せ”なことなんだ。



そして、その日は意外にも早くやってきた。


お父さんもかすみお姉ちゃんもなびきお姉ちゃんも、おじさまもおばさまもいない。
この家に、乱馬とあたし、二人だけの夜。

八宝斉のおじいさんは、昨日見かけて乱馬が果てしなく遠くまで飛ばしてたから、少なくとも2、3日は顔を見せないだろう。


夕食を済ませて、お風呂に入って。
終始ぎこちない空間が二人を包む。おしゃべりしていても、それがはっきりと出てしまう。
けど、その時が近づいてくるのが、嫌ではなかった。


そして、夜乱馬が部屋に来て。


その後のことは、緊張で、よく覚えていない。

思い出せるのは、間近で見た乱馬の綺麗な身体のラインと、素肌に触れる指先の感触。
そして、熱さと痛み。
今まで経験したことのない、甘い疼き。


それから・・・幸せ。
今まで出会った誰よりも、何よりも、一番近くに来てくれた、一番近くに行けた幸せ。


   “この胸のときめき love song 世界中に伝えたい”


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