最後の恋

4.歓喜<side R>

 ―高2 9月―

夏休みは最高だった。

今年はあかねとデートすることが出来たし。
手なんかつないじゃってさ。さすがにまだ堂々とは無理だけど、ちょっとした時にそういうことが出来るようになって。


俺としては、もっともっと関係を進めたいところだ。


今日から三日間、近くの神社で大きな祭りをやっているらしいし。
そこに行って、出来れば・・・キキキキスなんかどうだろうか。

ただ、町内だとあいつらに出会う可能性がある。

あかねと付き合い始めたこと・・・家族に知られるのが早かったから、すぐにクラスメイトを含む周りの奴らにバレるだろうと思っていたが、未だみんな知らないみたいだ。

シャンプーや良牙たちには、いずれはっきりさせなきゃならないことなんだけど、こっちから話を切り出すのは難しくて。

もし今日会ったら、その時こそはっきり言おう。

「俺がずっと一緒にいたい女は、あかねだけだ」
「あかねはずっと、俺が守っていく」
と。もちろん殴られたり蹴られたりするだろうが、そこは我慢だ。

・・・いや、やり返してわからせる。かもしれない。

とにかく、最近ようやく邪魔すると仲が進まないと思ったのか、家族の応援もとい妨害もなくなってきたことだし、あかねを誘ってみよう。


あかねは、台所でかすみさんと昼飯の準備をしていた。

今日みたいに土曜の昼・夜や、平日の夜など、あかねは前よりももっと料理の手伝いをすることが多くなった。
自分で一品を作らずに手伝いに徹しているからなのか、単純に腕が上がってきているのか、何日も寝込むほど殺人的な不味さのものを食わされることはなくなった。有難いことだ。

「あかね」
「なあに?」
「手が空いたら、ちょっといいか?」

声だけ掛けて、居間へ戻る。
誰もいないし、ここで誘って大丈夫だろ。

「どうしたの? 乱馬」
あかねはすぐにやって来た。
「ああ。今日からさ、神社で祭りやってんだろ? 行こうぜ」
「・・・うん。そうだね」
あかねは、嬉しそうに微笑んだ。

こうして二人で出掛けることを普通に誘えるって、なんて幸せなんだろう。
出来るようになれば、簡単なことだったのに。


夕方、あかねとの約束の時間に先に門を出て待っていると、あかねは浴衣姿で家から出てきた。

可愛いじゃねーか・・・。
それになんか、色っぽいっつーか。

何度も浴衣姿を見たことがあるけれど、今日はそれらとはまた違った、新しいやつを着ていた。
白い浴衣に、ちょこちょこと紫の蝶。黒い帯なんか巻いて、やたら大人っぽく見える。

「・・・どうかな」
はにかみながら聞いたあかねに、俺は
「可愛い、と思うぜ」
と返した。

あかねは心底嬉しそうな顔をして
「行こっ!」
と俺の手を引いて走り出した。

「おい! そんな格好で走ると転ぶぞ?」
言いながら、あかねより前に行きよろけないように支える。
それを素直に受け入れるあかねが、一層可愛く見えた。


祭りでは、定番の焼きそばやりんご飴を食べたり、金魚すくいをしたり。
あかねは相変わらず不器用で一匹も金魚をすくえなかったから、俺が後で一匹だけとってやった。
本気出したら全部とっちまうし、一匹で十分だろ。

その途中でクラスメイトたちに会った。
「あー。二人で来てる」
「だって仲良しだもんねー。二人は」
などとからかう奴等に
「なんだよ、わりぃかよ」
と返したから、しばらくはこれをネタに騒がれるかもしれない。

けど、俺はそれでよかった。
そろそろ堂々と、あかねの彼氏兼許婚だって、公言してもいいと思う。
ってかその方が、俺がいるってのに性懲りもなくあかねに妙な気持ちを抱く連中が減るだろうし。


それ以外は特に大きな騒動もなく、無事家に帰ってきた。


って帰ってきたらダメだろ! おい!!

なーんてな。これは全て計算だ。

した後に気まずくなったりしないように、離れる直前にキスしようという俺の計らいだ。
決してここに来るまでチャンスがなかったとか、勇気がなかったとか、そういうわけではない。

誰に言い訳してんだ、俺・・・。


「・・・帰ってきちゃったね」
あかねが呟いた。
「楽しかった。誘ってくれてありがとう」
「ああ、うん」
微笑むあかねに、曖昧な返事をする。

「あ・・・もう、行かなきゃいけない、よね」
そう言って、あかねはつないでいた手をそっと離した。

「あ」
俺は思わず、あかねの細い手首を掴む。

「え?」
あかねの声と、俺の顔が近付くのが同時だった。
掴んだ手をそのまま引き寄せて、唇に───唇が、一瞬だけ、触れた。


ほんの一瞬。

だけど、確かに伝わってきた、柔らかい感触。


「おやすみ!」

言い捨てて俺は部屋へ向かう。
あかねがどんな顔をしているのかわからない。
けど振り返る勇気はない。


やった。やった!やった!!

叫び出したい気分だ。幸せすぎて爆発しそう。


部屋へ入ろうとしたら親父の気配がしたので、道場に向かった。
俺は喜びを、思う存分一人で噛みしめたのだった。


   “もしもこの手が 君を包むためにあるのならば 幸せな日々はもう訪れた”


NEXT
BACK