最後の恋
3.進展<side A>
―高2 8月―
「な、なあ。夏休み、どっか行かね?」
そう乱馬が誘ってくれたのは、終業式の日だった。
それから数週間。暦の上では、もう8月。
結局、デートらしいデートもしたことがないまま、夏休みは過ぎていく。
原因は、家族にある、と思う。
乱馬が告白してくれたあの日。
あたしたちは、極力普通に接していたつもりだったけど。
夕食のとき、なびきお姉ちゃんが
「あんたたち、何かあったの?」
ズバリ聞いてくるから、二人して返事に困ってしまった。
なんとか乱馬が
「別に。何もねーよ」
と言ってくれたけど・・・。
「だーって。あんたたち、さっきまでやってましたーみたいな顔してるから」
なんて、お父さんが味噌汁を噴き出す台詞を吐いてくれちゃったもんだから、慌てた乱馬は咄嗟に
「まだそんなことしてねーよ!!」
と言ってしまって。
「え? じゃあそういうことしようと思う関係にはなったのね?」
すっかり家族全員の知るところとなってしまったのだ。
おかげで、休みの度に何かあるんじゃないかと期待され。
出掛けようものなら全員ついて来かねないこの状況では、デートしようなんてお互い不用意な発言も出来ず。
終業式の日、学校で乱馬はああ言ってくれたけど、一日中家にいたらやっぱり修行かおつかいか家の手伝い、なんて感じで一日は過ぎていくわけで。
はあ・・・。せっかく乱馬とケンカせずに話せる時間が増えてきたのに・・・。
溜息をつきながらおつかいから帰ってくると、乱馬は門前の掃き掃除をしていた。
「よう」
「ただいま」
乱馬は辺りをすばやく見回すと、出来るだけ小声で、でもこそこそ話をしているようには見えないように話し出した。
「なあ、あかね。こうなったら朝、ロードワークに行く時間に家を出ようぜ。そしたらみんないつものロードワークだろうと思ってついて来ないし、むしろ起きても来ねえと思う」
「そうね。それはいいかもしれない」
「けど、そんな朝早くに家出てどこに行くかだよな・・・」
「あ、あたし行きたいとこあるの! 朝早くても大丈夫だから」
あたしは、にっこり微笑んでVサインを出した。
決行当日。
いつもの時間に家を出た。
でも、今日はロードワーク用のTシャツ、短パンじゃない。
ちょっとオシャレしてワンピース。下には水着なんか着ちゃってる。
夏休み直前、ゆか、さゆりと買い物に行った時「海行きなよ、海!」と言われて買ったビキニ。
泳げないから買ってもあまり意味ないかなとも思うんだけど、だからこそ逆に悔しくて買っちゃうんだよね・・・。
乱馬は先に出たみたいだったから、待ち合わせ場所の駅にいてくれるだろう。
あたしは、自然に駆け出して駅までの道のりを急いだ。
乱馬はやっぱり、すでに駅前の時計の下に立っていて。
あたしを見つけると、
「よう」
と一言言ってから歩き出した。
照れてるのかなー。なんて後ろ姿を見ながら考える。
最近、乱馬が急にそっぽ向いた時、怒ってるんじゃなくて照れてるんだって、わかってきた。
わかると、そういう態度も可愛く見えちゃう。
現金な、あたし。
朝早くてまだ人が少ない電車に乗って、15駅も先の駅で降りる。
もっと近くにも海はあったんだけど、念には念を入れて、ちょっと遠出。
駅を降りてちょっと歩いた先にあった海岸は、朝日をあびてきらきらしてた。
人も、もう少しするとどんどん増えるんだろうけど、今はまだほとんどいない。
「綺麗・・・!!」
あたしは海が見えると、途端に走り始めた。
「・・・ったく・・・」
って言いながらついてくる乱馬を尻目に。
更衣室でワンピースを脱ぎ、Tシャツを着る。
海に入るつもりはないし、これなら足までは入れるし、完璧!
そう思いながら外へ出ると、乱馬は着替えていなかった。
「? 今日は海に入るためのTシャツと短パン、持ってきてないの? いつもすぐに泳ぎに行くのに」
「そりゃー家族で来たときの話だろ。・・・お前一人にすると、ろくなことなさそうだし」
ん? どういう意味!?
「ろくなことって・・・何よ!?」
「だーかーらー。お前に・・・男どもが近付いてくるだろうが」
「なんだ、そんなこと。大丈夫よ。あたしがそんなのに怯むわけないでしょ」
「・・・お前が大丈夫でも、俺が嫌なの」
「乱馬・・・」
それってかなり、嬉しいかも。
「とにかく! 海に来て、どーせ砂遊びとかがしたかったんだろ? あっち行こうぜ」
「こらっ、どーせって何よ・・・待ちなさいよっ!」
おどけて走る乱馬を追いかける。
砂でいろんなことを書いたり、作ったり。
時々、アイスキャンデーやカキ氷を食べたりして。
一日が、あっという間に過ぎていった。
乱馬は結局、あたしとずっと一緒にいて、海には全然入らなかった。
・・・ごめんね、乱馬。
心の中で呟く。
夕方、駅に着いたら、帰るんだって急に実感して、寂しくなった。
・・・もうちょっと乱馬と二人でいたいけど、みんなに何も言わないで出てきたから遅くなったら心配されるだろうし。
段々二人とも口数が少なくなって。
とうとう全然しゃべらなくなっちゃって。
乱馬もあたしと少しでも同じ気持ちでいてくれたらいいのに。
そう思いながら、電車に乗り込む。
電車はそんなに込んでいなくて、無事座れたんだけど。
行きは座席が10人がけで横に広かったのに、帰りは2人がけがたくさん進行方向を向いている電車で、二人で座ると何だか窮屈なような、恥ずかしいような感じがする。
黙って電車に揺られていること約10分。
朝早くからあれだけはしゃいだせいで、眠気が襲ってきた。
少し寝よう・・・そう思って目を閉じた直後、あたしの手が優しく包まれた。
多分、乱馬の手に。
目を開けられない。確認なんてとても出来ない!
あたしと乱馬のちょうど真ん中で、つながれる手と手。
大きな手に包まれてる感触は、何だか心地良い。
けど、最初の驚きで、目はばっちり覚めてしまった。
ああ、どきどきする。
しばらくして、乱馬の細かい息遣いが聞こえるような気がして、そーっと目を開けてみると、乱馬は安心したようにぐっすり眠っていた。
あたしはほっと胸を撫で下ろした。
どんな顔したらいいのかわかんないんだもん。眠ってくれてたら、ゆっくり寝顔を見ていられる。
乱馬の様子を、目的の駅に着くまでずっと眺めながら。
あたしたちの距離は、少しずつ確実に近付いている、そう思えた。
“ちょっと何よこれ楽しいじゃない ちょっとこういうの嬉しいじゃない”
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