最後の恋

2.決意<side R>

 ―高2 6月―

『あかねとの関係を変えたい』そう思い始めたのはいつ頃だろう。
呪泉洞の一件以降、特に強くそう思うようになった。

あの時あかねを失いかけた恐怖に、何度脅かされたことか。
夢にまで出てきて、俺を失意のどん底に突き落とす。
あんな思いは二度としたくない。


・・・そう思ってはいるものの、本人を目の前にすると、なんでこんなに憎まれ口ばかり叩いてしまうんだろう。

可愛い。愛しい。好き。
それらを全部飲み込んで、出る言葉は「可愛くねー」。
素直になるってことが、こんなに難しいなんて。


今まで『誰かに思いを伝える』なんて、考えたこともなかったから。


だけどこのままじゃ、ずっと何も変わらない気がするんだ。

俺はもっと、あかねのそばにいたい。
名前だけの“許婚”じゃなく、“恋人”としてあかねを守りたい。
出来れば『恋人らしいこと』も、いろいろしてみたいし・・・。


そのためには、きっと俺の努力が必要なんだ。
一度あかねに対して素直になれれば、その先が違ってくるはず。

あかねが俺を受け入れてくれると信じて。


・・・けどやっぱり、今日もあと一歩が踏み出せない。
悪態を突き合ってケンカして。
それはそれで居心地がいいんだけれど。

肝心なときはいつだって逃げ道を用意して探りを入れるだけ。

俺ってナイーブなやつ・・・。



 ―高2 7月―

「どうしたの? 乱馬。最近変だよ?」
『変』だと言われて、心当たりがある俺はどきっとした。

学校から帰宅後、道場での稽古中、あかねも道場へやってきた。
俺は動きを止めなかったが、視線はあかねを追っていた。
それがまずかったのか、それとも他に妙なところがあったのか。
近寄ってきたあかねは開口一番これだ。

俺は最近二人きりになった時、出来るだけ気持ちを伝えようとしていた。
言葉が駄目なら、態度で・・・とあかねの肩にそっと手を回そうとしたこともある。
でもどれも、あかねが「?」と見つめる大きな瞳で止まってしまうんだ。

お前、俺がどんっだけ苦労してるか知らねーだろ!

「なんでもねーよ」
と動きを止め、素っ気無く言い放った。するとあかねも
「あっそ。別にいいけど」
と冷たく返してくる。

「んだよ。可愛くねーな」
「可愛くなくて悪かったわね」
「そんなんじゃマジで嫁のもらい手がねーぞ」
「いいわよっ、そしたら一生独りを貫くからっ!」
「じゃあ俺はどうなるんだよ! 俺はなあ・・・っ」



あぶねーー!!!
何を勢いで口走ってんだ、俺は!!

あかねは大きな瞳をさらに大きく見開いて、こっちを凝視していた。

「え・・・乱馬。『俺は』、何・・・?」
「なっ・・・なんでもねー!!」

うわうわうわ。ごまかせゴマカセ誤魔化せ!!

「俺は、あかねの許婚だからっ・・・」
「だから?」
「そんな勝手なこと言われても困るっつーか・・・」
「そう。そうよね、“許婚”だから」
「ちがっ・・・そうじゃなくて!」


もしかして、もしかしなくても今が千載一遇のチャンスなんじゃねーか!?


今までの努力を、ここで発揮させるべきなんじゃねーの!?
逆に今言わなかったら、一生言えねー気がする!!


「あ、あ、あのな・・・?」
全身硬直。きっと顔は真っ赤だ。それでも・・・。
「う、うん」
この変な空気に、あかねの顔もすっかり神妙になっちまったから。

こりゃーぜってー言わねーと。

なんて自分を後押しする自分と、反対に恥ずかしさとか照れとかでここから逃げ出そうとする自分と。
両方がせめぎ合い、俺の中で喧嘩する。

“言え!” “言うな!” “言え!” “言うな!” “言え!” “言うな!”


いや、俺は言う!!!


「あのな、あかね」
よし、かっこよく決めろ!!
「俺はお前のことす・・・っ」


声が裏返った。

かっこわりぃ、俺!!
最低だ! こんな大事な局面で!!
なんでだよ! 俺ってかっこいいんじゃなかったか!?


「だから・・・きなんだよっ」


再度挑戦してみるものの、やっぱり俺の想像するかっこよさからはかけ離れていて。
正直、もうどうしていいかわからなかった。


沈黙が長いのか短いのか、もう間隔さえわからない極度の緊張の中。

俯いた俺の前に影が差して。
あかねが、すぐ目の前まで来ていた。


「ねえ、乱馬」
俺が顔を上げると、あかねは顔を下げてしまった。
声が少し潤んでいる気がする。


「あたしも、あたしも、乱馬のこと・・・」


その後の言葉が続かなかった。


俺はこの状況が自分勝手な妄想をしているのか、現実なのかわからなくなってきていた。
回らない頭で、続きのわからない言葉に確認をしてみる。

「ほほほんと・・・?」

あかねはこくりと頷いた。

俺はそれだけで心臓が、いや全身が飛び上がりそうになった。


思わず、目の前のあかねを思い切り抱きしめた。
「い、いたっ・・・」

あかねの言葉に、はっとなる。
力の加減が出来てなかったみたいだ。

「ご、ごめんっ」
パッとあかねの両肩を押して一旦離すと、もう一度、今度はゆっくりと引き寄せ、抱きしめた。
あかねは何も言わずに、体を預けてくれた。

俺は至上最高に幸せだった。


   “ヒーローになりたい ただ一人 君にとっての”


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