『You only for me.』 幻桜みちさま

過去に戻れないことは、16年生きていて嫌というほど痛感した。

それは当たり前のことだけれど、それでも誰でも1度は望むこと。

呪泉郷に溺れたとき、何度昔に戻りたいと思っただろうか。

シャンプーに不本意ながら勝ってしまったとき、今思えば、取り消したい。

うっちゃんの秘伝のソースをメチャクチャにしたあの時にも、戻りたい。

けれど今、何よりも昔に戻りたいと思わせることがある。




「ただいまー」

あかねが東風先生の元から帰ってきた。

怪我をしたとかそういうわけではなく、かすみさんに頼まれて本を返しに行っただけ。

昔のあかねなら、ガンとして断り、かすみさん本人に行かせようとしていたけれど

今はそんなことしない。暇なら引き受けるし、かすみさんがそれほど忙しくないのなら

彼女の代わりにすべきことを引き受け、本人に行くことを勧める程度。

ただ、今日は夕食の準備をしていたからあかねが返しに行った。それだけのこと。




オレも普段はわりとよく、意味もなくついていく。

だけれど、一緒に行っても何となく孤独感を感じるだけなんだ。

昔の話、思い出話をされるとオレはついていけない。

新しい発見とか、あかねのドジっぷりとかは聞いていて楽しいけれど

東風先生が自然に、昔のあかねの話をするのが、正直嫌だ。

嫉妬だと、ヤキモチだとわかっていても。




東風先生は知っている。オレの知らないあかねを、沢山。

それは当然のことなんだろうけれど、どうしても許せない、という想いがオレの胸を締め付ける。

別に、早雲おじさんや、かすみさんや、近所の人達だったらここまで気にはしない。

ただ東風先生は例外だ。

あかねが、ずっと好きだった人だから。




今はもう、何とも思ってないって事は分かってる。

俺のことを好きだって思ってくれてるって、自惚れでなくちゃんと知っている。

けれど、そんなことは関係ない。ただ嫌なんだ。

その感情を隠し通せる自信が無くて、オレは東風先生の元に行かなかった。

きっと先生にはすぐばれる。あの鈍いあかねに隠し通すのが限界だ。

東風先生とあかねが2人きり、というのもそれはそれで充分嫌だったけれど

だけど、やっぱりオレの知らないあかねを先生が話す姿を見る方が嫌だった。




そんなことを考えていると、あかねが居間にやってきた。

「あれ? 乱馬いたんだ」

「いちゃわりーのかよ」

なるべくあかねを意識しないふり。テレビに集中してる振り。

今あかねを見たら、何をし出すか解らない。

それほどオレの脳は、あかねに占領されていた。もう、自分でも呆れるくらいやべぇんだ。




「悪いなんていってないじゃない」

呆れたように呟きながら、あかねはオレの脇に腰を下ろした。

それと同時に、かすみさんがキッチンから顔をだす。

「あかねちゃん、乱馬くん。ちょっと買い物に行ってくるから、お留守番よろしくね」

慌てたようにかすみさんはそれだけ言って、ぱたぱたと玄関から出て行ってしまった。

夕食の仕度をしていて、調味料か何かが足らなかったのかもしれない。

言ってくれれば代わりに買いに行ったのに、とあかねが隣で呟いた。




「お前の場合、下手な間違いしそうだからな」

「なによ、それ」

「塩と砂糖間違えたりとか」

からかうように言えば、なんですってぇー?! と拳をあげる。

あぁ、これがオレの知ってるあかねだ。

そう思うと少しだけ口元が緩むのがわかった。




「何笑ってるの? 熱でもあるんじゃないの?」

「うるせぇ。熱なんかねーよ」

オレを殴るはずであげた拳は、驚きのあまりそのまま固まっていた。

オレはその手を取って、あかねとの距離を縮める。




ひぐらしが、鳴いていた。

気づいたら窓から入ってくる日差しは、夕陽に変わっている。

かすみさんが買い物に行ってしまった天道家は、オレとあかねの2人きり。




「ら、乱馬?」

「お前はオレだけのものだからな」

あいつの片手を捕らえたまま、真っ直ぐ目を見てあかねに言う。

するとあかねは心底驚いたように、目をパチパチさせていた。




「どうしたの? やっぱり熱でもあるんじゃない?」

「ねーよ、ばーか」

そのままちゅっと、一瞬だけのキス。

驚いたように自由になっている片手で、あかねは自分の唇に触れた。

「オレは昔のお前のこと、全然知らねぇけど。でも、今は誰よりもお前のことわかってるつもりだ」

「・・・うん」

「だけどやっぱ、オレの知らないあかねがいるのってすげぇ悔しいから、だから、少しずつ教えてくれ」

「昔の私のこと?」

「あぁ」

今が大事だと思う。だけど、やっぱり知らないことは悔しい。

だからあかねの憶えてること、知っていること、あかねのこと。全て知りたい。全て聞きたい。

たとえその時、その場にいることができなくても、思い出話としてそれを聞きたい。

そしたら思い出も聞けて、聞いたときの新しい思い出もできて一石二鳥だと思わねぇ?

そうやって、一緒に生きていきたいんだ。あかねと。




「じゃぁ、乱馬も私に教えてね! 昔のこと」

「いいぜ。いくらでも話してやるよ」

おもちゃを買ってもらう約束をした子供のように、あかねは無邪気に喜ぶ。

その姿が可愛くて、今度は額に口づけた。

「んっ。くすぐったい」

逃げようとあかねは顔を逸らすが、そう簡単に逃がさない。

「嘘つけ。気持ちいいの間違いじゃねぇの?」

額から頬、首と沢山のところにゆっくりと口づけていく。




けれど、人生はそううまくはいかなかった。




「ただいまー」

「たっだいまー」

かすみと、途中で遭遇したのだろう。次女なびきが同時に帰ってきた。

慌てて乱馬とあかねは、始めと同じ距離をとる。

「おかえり、かすみお姉ちゃん」

振り返って、帰ってきた姉を笑顔で出迎える。

「ただいま。ちょっと待っててね。すぐ夕ご飯できるから」

かすみも笑顔でそう言い、キッチンへと戻っていった。




「はぁ。ほんと、タイミング悪ぃ」

腕に顔を埋めるように項垂れるオレに、あかねは苦笑した。

「仕方がないわよ。そんな拗ねないで」

拗ねているっつーか、消化不良なんだけどよ。まぁ・・・




「不意打ち」

「っ!」




俺の顔をのぞき込もうとしていたあかねに、一瞬のキス。不意打ち。

べっと舌を出せば、悔しそうにあかねは表情をゆがめた。顔はまっ赤だ。

「ま、続きは夜にってことで」

「!!」

「それまで我慢するんだから、お前も覚悟しとけよ?」

そう言ってオレは、あかねの髪を1、2度撫で居間から出ていった。

きっとあかねは、さっきよりもっと顔をまっ赤にしているんだろうなぁなんて考えながら。



あおり文:誰も知らない君を 誰よりも君のことを 知りたいと思うのは罪ですか?

あかねちゃんのことが超好きな乱馬くん。
という、リクエストを頂いてから早○ヶ月。遅くなってすみませんでした(汗
しかもそのリクエストに果たしてちゃんと答えられているのか・・・ッ


2006.06.17
幻桜みちさまから相互リンクのお礼にと頂いたものです。

何か1作書かせて下さいなんて嬉しいお申し出を頂いてしまったものだから、図々しくも『乱馬視点の、乱馬が超あかねを溺愛してる小説』をリクエストさせて頂きました★
実は同じお題で猫乃もみちさまに小説をお返ししました。駄文ですが・・・。→コチラ
同じお題なんて初めてですごく楽しかったです!!

くうう、「もう、自分でも呆れるくらいやべぇんだ。」とか言っちゃう乱馬さまが大好きです!! あおり文まで最高です!
やっぱ猫乃的最萌えは“乱馬→あかね”かも〜(^▽^)/
みちさま、本当にありがとうございました☆