溺愛

俺しか見るな。
俺としか喋るな。
俺の側から片時も離れるな・・・。

本気でそう思う。
自分の中にこんな激しいものがあったなんて。
怖い。
離れたら平静でいられない。

こんな感情、今まで知らなかった。
これを人は何と呼ぶのだろう。


ある日の放課後「今日は委員会があるから先に帰っていいよ?」と言われた。
「大丈夫か?」と俺は言う。
彼女からの返事は「うん、大丈夫」という、なんともあっさりしたものだった。

「そっか。じゃあな」
とだけ言って、俺は教室を後にした。


親同士が決めた「許婚」天道あかねと、自分たちの意思で付き合い始めて早数ヶ月。
もう以前のように、心にもない悪態をついたり、そのせいで大切な彼女を傷つけたりすることはなくなった。
いや、少なくなった。

俺は素直にあかねに気持ちを言えるようになったし、あかねもそれに応えてくれる。
・・・だからかな。


最近、自分の感情がコントロール出来ない。
自分の中にある気持ちを持て余してる。

それは、自覚するには充分すぎるほど俺の中で主張していて。
時々、本当に自分が考えていることなのか疑う時さえある。


本当は一人で帰りたくなかった。
あの言葉に「じゃあ、待ってる」と言いかけた自分がいた。

でも、毎日毎日一緒にいて、あかねを独占して。
朝、あかねの声で目覚める。
昼、同じクラスで授業を受ける。
夜、あかねを腕に抱いて眠る。

「こんな数時間くらい、一人でいてもいいじゃない?」
そう思われそうで、怖かった。
あっさりと引き下がった、フリをした。


・・・けど。
家に帰って修行をしても、風呂に入っても、考えるのはあかねのことばかり。
俺いつからこんなにあかねに支配されてんだろ。
いや、自分から支配されたがってんだよな。

そしてそれ以上に、あかねを支配したい。
俺でいっぱいにしたい。

・・・「先に帰っていいよ」なんて、あかねには俺がいなくても平気な証だよな・・・。


そうこうしているうちに過ぎ去る時間。
気が付けば18時。19時。20時・・・。


遅すぎる。


委員会がこんなに遅くまであるか?
完全下校、19時半だろーが。

どくん どくん

嫌な想像が瞬時に駆け巡る。
想像したくないのに、どんどんあらゆる方向に膨らんでゆく。

俺はいてもたってもいられなくなって、外へ飛び出した。


どくん どくん どくん どくん


心臓の音がうるさい。
耳の側に心臓があるんじゃないかってぐらい、音がリアルに響く。

あかね・・・あかね・・・あかね・・・。


見つけた。
あかねは、普通に通学路を帰ってきていた。
走り寄る俺と、「乱馬?」と呑気に構えるあかね。
のんびり歩いてきたあかねに、無性に腹が立った。

「何考えてんだよ!? 遅くなるなら連絡くらいしろ!!」

目の前に来た瞬間、怒鳴る。
電灯もあまりない、人気も全くない、この夜道。
そこをゆったりと歩いているあかねが信じられない。
あかねは面食らったような顔をした。

「お前、自分は強いから大丈夫とか思ってんだろ!? 甘いんだよ!!」

あ。
俺の言葉にムッとしたのがわかった。
こいつは自分のことを“弱い”とか言われるのをものすごく嫌う。
それはわかってる。
けど・・・。

「な、なによ! 乱馬だって知ってるでしょ!? あたしはそんじょそこらのコとは・・・」
やっぱり。

「へえ・・・絶対大丈夫だって言い切れるのかよ」
思いの外低く放った声に、あかねがたじろいだ。
食って掛かろうとしたその身体が、少し後ろへ下がる。

俺は近くの、高い塀と電柱の間にあかねを押し付けた。
細い両手首を左手一本で捕らえ、力任せに上へ掲げる。

「きゃっっっ・・・」

痛みに放たれた悲鳴を、唇を塞いで消す。
目の前の膨らみにもう片方の手で触れると、全身がびくっと震えた。

長い口付けの後、ゆっくりと唇と手を離し、声を荒げ吐き捨てる。
「いきなり襲われてこんなことされたらどうするんだよ!? もう少し“女”だってこと自覚しろ!! されないって保障がどこにあるんだよ!!!」
「・・・・・・っ」

怯える瞳から目を逸らし、俯いた。
「嫌なんだよ・・・俺以外の誰かに、髪の毛一本でも触れられたら、俺そいつを許せない。俺のいないところでなんかあったらと思うと・・・・・・」

そこで俺は言葉に詰まった。
『怖い』という言葉があまりにも情けなくて、自分の口から出てくるとは思えなくて、黙ってしまった。

「ら、乱馬・・・」

あかねの声には不安や恐怖が混じっている。
それはきっと、俺に対して・・・。

長い沈黙の後。

「ごめんね? ごめん・・・なさい・・・」
ふわっとした一瞬の風と、あかねの匂い。
首筋に巻きついた腕。

少し震える彼女の身体を、思い切り抱き寄せた。

「いたっ・・・」と小さな悲鳴が上がっても、力を緩められない。
好きすぎてもうどうしていいかわからない。

これ以上好きになれる人なんて、一生現れない。
いや、例え生まれ変わっても絶対に現れない。
そんなことを平然と考えられる自分が面白い。


「あかね・・・・・・」
優しく呟いて、あかねの不安を少し和らげる。
でも力は緩めない。

今夜もずっと離せそうにないな・・・。


2006.09.10
幻桜みちさまのサイト「花ざかり(閉鎖済)」に相互リンクのお礼としてお贈りしたものです。
お互い同じテーマで書いて贈り合うことになり、そのテーマが『乱馬視点の溺愛小説』。
みちさまの素敵小説はコチラ

大好きな溺愛乱馬がテーマで、今までの中でもトップで溺愛する乱馬さまを書こうと思ったんですが、出来上がったものはこんなのでした。襲いかけだから。でも溺愛。