『4月1日』 永野刹那さま

「え?乱馬君を驚かせる嘘?」
「そう!」


・・・早咲きの桜が、折りしもの雨によって振り落とされてはふわり、フワリと庭の池へと舞い落ちる4月。
時折吹き抜ける風が運んでくる雨の匂いを縁側で一人楽しんでいたあかねは、不意にそんな事を言って居間のほうを振り返った。
居間ではなびきが一人、難しい討論番組を見ていたようだったが、
「なんで嘘なんてつくのよ。」
いきなり振り向いたと思ったら訳の分からない事をいう妹の姿に、小さく溜め息をつく。
「だって今日は、嘘ついていい日なのよ?」
「そんな日があるわけないでしょ・・・って、ああそうか、今日はエイプリルフールか。」
「そっ。今日ぐらいは、なんとかして乱馬を驚かせてやりたいのよっ。」
あかねは、なびきの背後の壁にペタン、と貼り付けられていた小さな日めくりカレンダーを睨みながら、意気揚揚とそう言った。
・・・几帳面な父、早雲によって毎日欠かさずめくりつづけられているカレンダーは、「4月1日」を表示していた。
そのカレンダーにこそ何も書かれてはいないけれど、今日は全国的にも昔から認められている「エイプリルフール」。
この日に限っては、嘘をついて人を騙してもいい・・・という日だ。
無論、エイプリルフールだからといって、大手を振って嘘をついている者等滅多にいない。
ましてや、なびきやあかねぐらいの高校生になれば尚更だ。
・・・
「あんたねえ。高校生なんだから、くだらないことするの辞めなさいよ。」
なびきが再び見ていたテレビに目線を映しながらそうぼやくも、
「今日ぐらいいいじゃないっ。だって、くやしいんだもんっ。いつもいつもあたし乱馬に意地悪されててっ・・・」
プチっ・・・と、テーブルの上のリモコンに手を伸ばし、なびきが見ているテレビを勝手に消してしまったあかねは、
「とにかく、乱馬を驚かせる嘘を考えてみたのっ。だからこれでイケルかどうか聞いてよっ。」
と、必死な形相でそう叫んだ。
「ったく、ヒマなんだからあんたは。」
あまりに必死な妹の様子に、さすがのなびきも折れた。
「どれどれ?じゃあ聞かせてもらいましょうか。乱馬君が驚くだろうっていう嘘を。」
そして、張り切っている妹に小さな溜め息をつきながらそう尋ねてやった。
「ふふっ・・・。」
あかねは嬉しそうに笑うと、さっそくなびきに自分が考えてきた「案」とやらを話して聞かせた。
・・・が。
「あのね、こういうのはどうかなっ。わざとまずい料理を作るの。でも乱馬には『一生懸命つくったの』っていって食べさせて、まずいって言ったら『一生懸命作ったのに』ってウソ泣きして慌てさせるのっ。」
「・・・は?」
「だから、わざとまずい料理を作ったのに、美味しいってウソをつくのっ。」
「そんなのいつもの事でしょ。乱馬君はまずかろうが美味しかろうが・・・あ、美味しい事はほとんどないけど、あんたの作った料理食べるじゃないの。」
「ちょっとっ。それじゃいつも作るあたしの料理がまずいみたいじゃないのっ。」
「まずいでしょうが。」
「そ、そんなことないもんっ。」
「とにかく。いつも以上にまずくするのは止めなさい?エイプリルフールが命日になったら困るでしょ。」
「ど、どういう意味よっ。」
「そういう意味よ。」
なびきは、容赦なくあかねの考えた「案」を却下する。
しかし、これしきの事で諦めるあかねではない。
「それじゃあ、別の案はどう!?」
あかねは、今度も気を取り直して別の「案」をなびきに話して聞かせた。
「じゃあね、じゃあねっ・・・これは!?1日中レモンとか、酸っぱい物ばっかり食べてて、『あたし、子供が出来ちゃったかも』って不安そうな顔で乱馬に言うのっ。」
今度は乱馬だって驚くでしょ・・・と、あかねは得意げになってなびきにそう呟くも、
「・・・あかね?」
「なによ。」
「リアルなウソは止めなさいよ。」
「り、リアルって何よっ。」
「リアルでしょうが。それにねー・・・子供が出来たなんて言って、あの男が驚くとでも思ってんの?」
「え?」
「喜ぶのが関の山でしょうが。それに、喜んだ後でそれがあかねの芝居でウソだってわかったらさー・・・がっかりする間もなく、『それじゃあ、ウソを真に』とかなんとか言いかねないわよ?」
あんた、そんなに乱馬君に襲われたいの?
なびきがあかねの顔を覗き込みながらそうぼやくと、
「そ、そんなわけないでしょっ。」
あかねは、真っ赤になって否定をした。
「り、リアル・・・あ、そうか、や、でも、その、別にあたし達はそんなっ・・・」
そして、今更ながら、自分が大胆な案を姉に聞かせたのだと気がついたあかねは、口の中でぼそぼそと呟きながら耳まで真っ赤になって俯いてしまった。
「ったく、しょうがないわねー・・。」
なびきは、そんな妹の様子をしばし見つめながら一つ、溜め息をついた。
そして、
「余計な作戦を考えるから、上手くいかないのよ。だからあんた、いつも襲われるのよ?」
「お、お、襲われるなんてっ。」
「いつもとちょっとだけ違う事をすれば、『きょ、今日はどうしたんだ?』って乱馬君だって思うでしょ? あんたも必死になって構えないで、自然な『ウソ』をつけばいいのよ。」
と赤くなって黙り込んでいるあかねにアドバイスをすると、
「あんたはいつも、『素直じゃない』とか『可愛げが無い』とか『色気がない』とか言われてるんでしょ?だったら今日だけその正反対になればいいのよ。」
「正反対って?」
「可愛げがあって素直で、色気があって・・・そんな態度で接すれば、乱馬君だって『今日はなんだ?どうしたんだ?』って思うし、『何か裏がある?』って思うでしょうし。 裏がある、何て言ってきたら、『酷いわ』ってそれこそウソ泣きしてやんなさいよ。それで乱馬君がワタワタしたら、それこそラッキーでしょ。」
と言って、あかねが先ほどテーブルから取り去ったテレビのリモコンのスイッチを取り返すと、パチン、とテレビをつけた。
「・・・そっか。すごいっ!お姉ちゃん、頭いいねっ。」
「ちょっと考えればわかりそうなものでしょ。」
「うんっ。ありがとう、お姉ちゃんっ。」
「いえいえ。あ、色気がある服が欲しいんだったらこれ、貸して上げるわよ。ちょっとだけ短めのスカートなんだけど。」
そして、ゴソゴソとコタツの中から紙袋を取り出すと、あかねに渡してきた。
「なにこれ・・・」
あかねが受け取った紙袋を開けると、中には1枚のスカートが。
しかもそのスカート、サイドにスリットが入っている上に・・・膝上10センチはあると思われる短さだ。
黒、しかもサテンの生地であるがゆえに、何だか妙にセクシーな印象を受ける。
・・・
「このスカート、何でコタツの中に・・・。」
紙袋を受け取りながらあかねが首をかしげると、
「女らんま君のセクシー写真を撮ろうと思って友達から借りてきたんだけど、逃げられちゃったのよ。 せっかく借りてきたんだし、あかねに貸してあげるわ。」
なびきはさらりとそう言って、「いらないなら返して」とあかねに手を差し出す。
「なんだー、そうだったの。ありがとう、お姉ちゃんっ。」
「しっかりね。乱馬君の姿を見かけたら、あかねの部屋に行くようにと伝えておくから。」
「うんっ。」
あかねはその手を押し返すと、居間の隣の和室へと駆け込みさっとスカートを履き替えると、ニコニコ笑顔で自分の部屋へと戻っていった。
「・・・。」
なびきはあかねがトントン・・・と階段を昇っていく音を聞きながら、目線はTVへ向けてはいるものの、ふっ・・・と小さく笑う。
勿論それは、見ているテレビ番組がおかしくて笑っているのでは無い。


「・・・エイプリルフールねえ。」
なびきはボソッとそう呟きながら、ご機嫌な様子で二階へとあがっていった妹を思い小さく笑う。
「乱馬君を騙すのもいいけどね・・あかね。まずは自分も騙されることがあるってこと、忘れちゃいけないわよねえ。」
敵を欺くにはまず味方からっていうでしょ?・・・なびきはそんな事を思いながら溜め息をつく。
「エイプリルフールだろうがなんだろうが、あかねが素直に迫ったりしたら、乱馬君が驚くわけないじゃないの。 喜ぶだけだって。なんであの子は気がつかないのかしらねえ。」
・・・そう。
先ほどなびきがあかねにアドバイスしたのは、なびきがあかねに対してついた「ウソ」。
あかねは乱馬を騙す前に、なびきによって騙されてしまっていたのだ。
しかも、
「・・・さっきは乱馬君に、『あかねが何だか甘えたがっているみたいだから、部屋に行ってあげたら?』ってウソついたら、まー、嬉しそうに部屋に走って行っちゃったし。 自分の部屋に行ったら、実は乱馬くんがてぐすね引いて待っていた・・なんて。あかね、きっと驚くわねえ。」
なんとなびきは、あかねに嘘をつくよりも先に、乱馬にも嘘をついていたのだ。
ちなみに乱馬に嘘をついたのは、セクシー写真を撮らせてくれなかった報復・・・のつもりだったのだけれど、結果的にはあかねにこんな嘘をついたので、乱馬にとってはタナボタのような状況になってしまったのだが。
あかねが甘えたがっていると思い込んでいる乱馬と、いつも以上に甘えてみせて驚かせようとしているあかねと。
ベクトルが同じ方向を向いているだけあって、
「あらら、あたしったら恋のキューピッドじゃない。ふふ、時にはウソも人を幸せにするのねえ。」
なびきはのんきにそんな事を呟きながらカラカラと笑っていた。
もちろんその直後、
「きゃーっ。」
・・・微かに二階からあかねの悲鳴のような声が聞こえたような気がしたのは気がつかない振りをして。


4月1日。
カレンダーにこそ何も書かれてはいないけれど、今日は全国的にも昔から認められている「エイプリルフール」。
この日に限っては、嘘をついて人を騙してもいい・・・という日だ。
無論、エイプリルフールだからといって、大手を振って嘘をついている者等滅多にいない。
ましてや、なびきやあかねぐらいの高校生になれば尚更だ。
・・・のはずなのだが。
ここ天道家では、そんなこともないようである。


2005.03.30
永野刹那さまから相互リンクのお礼として頂いたものです。

刹那さまのあかねちゃんはいつもこうして、どうにか乱馬くんをぎゃふんと(笑)言わせようとしているのですが、うまくいきません。
そこが可愛いんですよね〜☆
今回は完全になびきお姉ちゃんにやられちゃってますが(^^)
なんだかんだ言いつつも、結局妹が可愛くて仕方がないお姉ちゃんも素敵です★
刹那さま、本当にありがとうございました!