不機嫌な王子様

6.社交界デビュー(4)

翌朝、あかねはなかなか起きられませんでした。
いつもなら起床の時間までには起き上がり、時間きっかりに起こしに来たゆかとさゆりに「おはよう」と声を掛けるのが日課なのですが、身体がいうことを聞きません。無理に身体を起こすと眩暈と共にひどい頭痛がしました。あかねは、昨夜湯冷めしてしまったことを思い出し、もしや熱が出たのではと、全身の血の気が引く思いでした。
「あかね様? おはようございます」
「あ・・・今日は朝食はいらないわ!」
突然のあかねの強い口調に、二人は驚いたようでした。
「あかね様・・・?」
「今日は夕方まで自由時間なのでしょう? もう少し寝かせておいて!」
あかねには二人の表情は見えないのでどのように受け止められたかわかりませんが、一瞬の沈黙の後、
「わかりました。ではお起きになられたらお呼び下さいませ」
さゆりが気遣うようにそう言うと、ドアの外の気配がなくなりました。
あかねは二人に心配させたくなくてとった自分の行動で、逆に罪の意識を感じ、一層暗い気分になりました。
しかし勢いよくベッドに潜り込むと、『あと何時間か寝たら治りますように・・・!』と切に願い、再び眠りに落ちました。

時計の針が13時を過ぎた頃、ゆかとさゆりはとうとう自分からあかねの部屋を訪ねました。先程のあかねの様子といい、このように遅くまで眠ることといい、今まで見たことのない様子だったので心配でもあり、これ以上は呼ばれるのを待てなかったのです。
ドアを軽くノックして
「あかね様? もう起きておられますか?」
と問いかけますが、返事がありません。
もう一度ノックして、
「あかね様? 失礼いたします」
と二人が中へ入ると、あかねはまだベッドの中にいるようでした。
二人が近づいていくと、あかねは顔を真っ赤にして、荒く細い呼吸を繰り返しています。
「・・・・・・!」
ゆかの手があかねの額にそっと触れたかと思うと、パッと離れました。
「ひどい熱です・・・! まあ、どうしましょう・・・!!」
その感触と声に目を覚ましたあかねは、ゆかとさゆりの顔が近くにあることに気付きました。どうやら全く良くはなっていないようです。あかねは覚悟を決めると、一気に起き上がりました。また眩暈とひどい頭痛が横になっているときよりもさらに襲いました。
「そろそろ用意をしなくてはね・・・?」
「何をおっしゃるのですか! ひどい熱です! このような御身体では・・・」
「だって、欠席するわけにはいかないでしょう? お父様の顔に泥を塗ってしまうわ」
「そ、それはそうですが・・・」
『それに、今までずっとワルツを指導してくれた乱馬に申し訳が立たないわ』
あかねはそう思いながら、気力でベッドから抜け出すと、顔を洗いに行きました。

それから、舞踏会への準備を始めました。
昨日王子から頂いた青のドレスに袖を通すと、不思議と少し気分が落ち着きました。アクセサリーをつけ、髪を整え・・・。ゆかとさゆりはとても心配しながらも、いつもより入念に化粧を施し、あかねを完璧なレディに仕上げました。その姿はまさに青い花の妖精・・・。ゆかとさゆりは、自分たちの手で仕上げたはずのあかねに見惚れ、しばらく黙って見つめていました。すると、不思議に思ったあかねから
「・・・どうかしたの・・・?」
と聞かれ、
「い、いえ・・・! あかね様、本当にお美しくていらっしゃいます・・・」
「本当に。まるで絵本の世界から迷い込んできた天使のようですわ」
感嘆の溜息と共に出された言葉に、あかねは赤い顔をさらに赤くして
「な、何言ってるのよ、二人とも。でも・・・ありがとう」
と答えました。もっとも、化粧で本来の顔色はほとんどうかがえなくなっていましたが。具合の悪さを隠すには都合の良いことでした。

いよいよ舞踏会開催の時刻が近付き、あかねはゆか、さゆりと共に会場の近くまで馬車で行きました。王宮内で催されるとはいえ、広々としたこの王宮内を馬車で移動するのは当然のことでした。馬車がとまると、
「わたくしたちはここまでしかお供出来ません。舞踏会終了の際には、また馬車を差し向けますので・・・。あかね様、くれぐれもお気を付けて・・・」
そう言って、二人はあかねを馬車から降ろし、見送りました。あかねは二人がいない不安を感じつつ、従者と共に舞踏会会場へと足を運びました。

会場に入ると、大広間にはすでに何百人も人が集まっており、舞踏会が始まるのを今か今かと待っていました。あかねは、天井まで続く美しい壁画や、柱の彫刻を見て、一人の時間を過ごしていました。

ざわり・・・。
それまでまとまりのなかったざわめきが、一つのどよめきに変わりました。
それは、王子が会場内に現れた瞬間でした。
青と白を基調として仕立てられた正装に身を包んだ王子は、誰からも注目を集めるのに十分な輝きを放ち、華麗な身のこなしで会場内に設置されている中の一番高く、中央の位置にある椅子に腰掛けました。
皆の視線が一斉に王子に注がれる中、王子はその空気を読み取りながらゆっくりと話し始めました。
「みなさん、ようこそ『青い花の舞踏会』へ。本年の挨拶は、父に代わり私がいたします。この舞踏会には、今年16歳を迎えるご令嬢たちが大勢いらっしゃっている。その麗しいレディたちを温かく見守ると共に、どうぞごゆっくり、今宵のひと時をお楽しみ下さい」
にこやかに話す王子。あかねは会場の隅の方で、そんな王子に見とれていました。
今日は、普段はつけていない黄金の王冠が頭上に光り輝いています。乱馬は王子様なのだという、最近あまり気にしなくなっていたことを改めて思い直しました。
彼の黒い瞳には、今たくさんの人が映っていて、自分など、視界の片隅にも入っていないでしょう。それを悲しく思いながらも、やはり自分の目に映る王子はとても素敵でした。

印象で言うならば『王子』をしている時の乱馬はまさに太陽。皆を照らす輝かしい光。
対して、自分と一緒にいるときの乱馬は、月。冷たい印象も与えるのにどこか優しい光で包んでくれているような気さえします。あかねは、王子の挨拶を聞きながらも、ぼんやりとそんなことを考えていました。すると、いつの間にか挨拶が終わり、音楽が流れ始めました。優雅に、流れるように、みな一斉に弧を描き始めます。一曲目の主役は、もちろん今年社交界デビューを果たしたレディたちです。青い花が急に咲き誇ったかのように、会場中に様々な青が浮かび、リズムに合わせて踊る彼女たちと共に揺られています。

しかし・・・その青い花たちが、踊りは続けながらも一斉に道を開き始めました。
なぜなら、王子がそこを歩いてきたからです。王子は真っ直ぐに、どこか向かうところが決まっているかのように進み続けます。その度に、当然ながら皆がよけるので、あかねには一筋の道が出来たかのように見えました。その道は、会場の隅に立ったままだったあかねのところへ真っ直ぐに繋がりました。

「踊っていただけますか、レディ」
笑顔で手を差し出した王子に、あかねは口がきけませんでした。
『一曲目のパートナーを王子がしてくれる』
そのことを、あかねはわかっていました。いえ、わかっているつもりでした。だからこそ、王子がずっとワルツの指導をしてくれていたのですから。でも・・・恐れ多くもこの国の王位継承者がパートナーということは、こうして会場中の視線を浴びるということを、あかねは今初めて理解したのでした。

固まってしまったあかねに、王子はさらに近付いて、
「さあ」
と言うとあかねの手をとりました。そして、踊りの輪の中へ入っていきました。

音楽は流れ続けます。踊りも続きます。しかし、皆の視線は王子とあかねに集中していました。あかねは、王子にぐいっと身体を引かれた事で我に返り、今まで苦労して練習してきたワルツを王子と共に踊り始めました。
最初は、ワルツを踊ることに必死でした。
しかし、練習の成果でスムーズに踊れていると、段々繋いだ手に神経がいくようになりました。しっかりと繋がれた王子の手は、自分の熱い手とは反対に、とても冷たくて、逆にそれが今のあかねには心地良いものでした。
何気に視線を上にあげると、一瞬、王子と目が合いました。
あまりにも近すぎて、すぐに王子の胸の辺りに視線を逸らしましたが、優しく包み込むような瞳に、一層ドキドキしました。
「ほぅ・・・」という溜息や、「美しい・・・」「なんて絵になるんだ」などという周りの声も、嫉妬に狂った女性たちの視線も、今は気になりませんでした。病気でさえ消えてしまって、別の熱に浮かされているようでした。

一曲目が終わり、曲調が変わると、
「上出来だ」
王子が耳元で小さく囁きました。思わず見上げると、すぐ近くに無邪気な笑みがありました。あかねは曲に合わせて王子と離れましたが、視線はずっと王子を追っていました。王子はその後群がる女性や媚びる貴族たちに、にこやかに挨拶を始めました。

挨拶をしている間に、王子の耳には、あかねの噂が嫌というほど入ってきました。
他に並ぶ者のないほど美しいと称される一方で、
「王子様に必要以上にもたれかかっていたわ。・・・いやらしい女」
「何故あの娘だけをお相手に? 何者なの、あの娘」
「騎士団長様の娘、か。きっと父親のコネを使って・・・」
と、あかねに対する不満や嫉妬も次々に聞かれました。

王子が作り笑顔で応対を繰り返しながらどうしたらいいのか考えをめぐらせていると、単刀直入に聞いてくる者がいました。
「王子様・・・。あの娘とは仲がよろしいのですか?」
一人が聞いてしまったらもう止まりません。周りにいた者たちが口々に
「お妃候補とは聞き及んでいますが・・・まさか、王子様のお心はもう決まっているのでは・・・」
「それはないであろう! 三国の姫君方もわざわざ自国から出向いてきて下さっているのだ。王子様がそんな・・・」
「もし必要以上に王子様とあの娘の接点があるとしたら、あの娘はなんと姑息な・・・」
「どうなのですか、王子様!」
と矢継ぎ早に聞き始めました。

王子はこの状況をどうやって乗り切ろうか真剣に考えました。
まだお妃候補一斉の教育も始まっていない中で、あかねを一人だけ特別扱いしていたことが公になったら、王子自身も外交的に問題となります。あかねへの非難もひどいものとなるでしょう。噂の広まり方によっては世間一般からも非難されることになりかねません。

王子は、ハア・・・と大きく溜息をつきました。そして大げさに
「騎士団長からどうしてもと頼み込まれてしまって。やはり社交界デビューを一年遅れて無理にさせるにはいろいろと大変だったのでしょう。それで断れずに仕方なく一曲お相手しただけですから。もう一緒にはいないでしょう? 元々私にとってあの子は、どうでもいい存在なのですよ。他のお妃候補の姫君たちもそうですが、この会場内にも美しいお嬢様方はたくさんいらっしゃいますからね・・・。あ、お妃候補以外の方を選んでは、私は皆から叱られてしまうかな?」
軽い口調でそう言った王子のこの発言に、当然貴族たちは目を輝かせました。
「いえいえ、それはもう、王子様のお気持ちが優先でしょう・・・。あ、これはうちの娘ですが、これがまたこの通り気立ても良く・・・」
貴族たちの気持ちが売り込みの方に向いたので、王子は内心ホッと胸を撫で下ろしました。

しかし、周りを囲まれている王子は気付いていませんでしたが、あかねは王子の近くにいて、王子の言葉をしっかり聞いていました。王子のちょっと迷惑そうな言い方が、頭にこびりつきました。
あかねは、ふらふらとその場を離れました。会場から出ようと、入口のほうへ向かいました。しかしその足取りは重く、なかなか前に進めません。
『イマ、オウジサマハ、ナンテイッテタッケ・・・?』
それを考えようとした時、緊張の糸が切れたように、あかねはその場に倒れ込みました。
近くにいた貴族たちが、これに気付き対応しようとして、
「何事だ?」
「もし、どうしました・・・」
とあかねに触れようとしたその瞬間、
「触るな!!」
一際大きな声が響きました。皆、その声が王子のものであるということを認識するのにしばしの時間を要しました。王子が生まれたときから関わってきた貴族たちでも、このような王子の怒鳴り声を聞いたのはこれが初めてだったからです。皆その空気に一瞬のまれました。王子はその雰囲気を察して
「いや・・・全く、このような場所でこのような失態・・・。仕方ありませんね。私の責任です。私が医務室まで運びましょう」
王子は努めて冷静に言ったつもりでしたが、いつもの様子と明らかに違うことは誰の目から見ても一目瞭然でした。王子があかねを抱えて会場から消えた後も、会場内の話題はしばらくそのことで持ちきりでした。
「なによ、あれ・・・なんなの、あの女」
「大体、社交界デビューを一年遅れてすること自体、普通じゃ考えられないわよね」
「先程、王子はああ否定されたが・・・今のご様子ではとてもそうは思えぬな」
「どうにかなる前に、手を打たねばなるまい」
貴族たちの鋭い目が、鈍い光を放っていました。

そんなことを考える余裕もない王子は、あかねをしっかり抱きかかえて、真っ直ぐにある人物のところへ向かっていました。横開きの扉を、ノックもせずにガラッと開けました。
「東風先生! いるか!?」
中にいた人物は突然の訪問者に驚いてはおらず、ゆっくりとした穏やかな口調で対応しました。
「どうしました、そのように大声を上げられるとは。珍しいこともあるものですね」
「んなこたどーでもいい。こいつを頼む」
言うと王子は部屋の中へ入り、ベッドに運んで静かにあかねをおろしました。
王宮専属医師・東風は、王子のいつもとあまりに違う様子には多少驚いたようでしたが、すぐに立ち上がってベッドに近づきました。
「あれ、こちらのお嬢さんは・・・」
「知ってるのか?」
「ええ、まあ・・・」
「熱が高いみたいだ。気を失ったみたいだが・・・大丈夫か?」
心底心配そうな顔をしている王子の様子を見て、東風はくすりと笑いました。
「王子は・・・」
東風が何かを言いかけたとき、部屋の外からドアを叩く音と、声がしました。
「王子! 乱馬王子!!」
王子は思いっきり嫌そうな顔をすると、走ってドアを開けに行き、荒々しく、しかし小声で言い返しました。
「なんだ! 中には病人がいるんだぞ!!」
「王子様。長い間舞踏会から姿を消されてはなりませぬ。今日の主催者は貴方様ではございませぬか」
「・・・・・・っ」
「さあ、一刻も早くお戻り下さい。皆、王子様の姿が見えぬのをとても心配しております」
先程の騒ぎで、何故王子がその場にいないのか把握している人間もたくさんいたでしょうが、使いの者はそう言って片膝をついたままじっと王子を見上げていました。
「・・・わかった。すぐ戻る」
吐き出すように王子が言ったその一言を聞くと、使いの者は一度頭を下げて、足早にその場を立ち去りました。

「先生。必ず戻るから、それまでこいつを頼む」
振り返って東風にそう告げると、東風は静かに頷きました。
王子は奥のベッドに横たわっているあかねに目をやって、しばらく見つめてからその場を去りました。

数時間後、目を覚ましたあかねは、状況が把握できずにゆっくりと起き上がりました。
ここはどこなのか、舞踏会はどうなったのか・・・気にしなければならないことは山ほどあるはずなのに、あかねは何も考えられませんでした。
あかねの脳裏にあるのは、舞踏会で聞いた王子の言葉だけ。
ぐるぐると何度もリピートがかかったかのように再生されます。
王子の言葉には行動を裏付けるものがあり、そう言われれば確かにそうです。
それに・・・。あかねは、王子に初めて会ったときのことを思い出しました。
「おめーに断る権利があんのかよ? ・・・あるわけねーだろ」
低い声で言われたあの一言。その言葉には確かに“怒り”という感情が含まれていました。
あの時王子は、あんなに自分のことを嫌がっていたではないか・・・。
元々、自分は失言して王子の顔に泥を塗るような人間だった。
王子が優しくしてくれるからといって、決して勘違いしてはいけなかった。
自分は騎士団長であり国王の親友である父がいるからこそ今こうしていられるのだということ、ワルツもその父から依頼されて指導していただけだったこと・・・。
その王子の優しさにつけこんで、なんと自分は浅はかな感情を抱いてしまったのだろう。
今さら悔いても、灯ってしまった想いを消す術はありません。自分でも持て余すほどのこの感情を、一体どこへ向ければよいのでしょう。

あかねの頬に、いくつもの涙の筋が出来ました。
あかねは、それを拭いもせずに、只呆然と涙を流すばかりでした。
その時、少し離れたところから
「あかねちゃん? 起きたのかい」
と、優しくて、聞き慣れた声がしました。
「と、東風先生・・・!」
あかねは大きな瞳をこれ以上ないほど見開きました。
現れた人物は、あかねの良く知る人でした。
あかねは一瞬、久しぶりに昔ながらの知り合いに会えた喜びに頬を緩ませましたが、すぐにまた強張った表情になりました。

東風はその様子を見て何も言わず、ゆっくりと近付いて、静かにベッドの端に腰掛けました。
「どうしたの」
優しい声。同時に、あかねの頭に大きな右手が乗せられました。よしよしとされると、驚きで一瞬止まっていた涙が、また溢れ出しました。
「先生・・・!!」
あかねは、今までの辛さも含めて、全てを吐き出すように声を上げて泣き始めました。
東風は、黙って胸を貸し、あかねの背中を優しく撫で続けました。

そこへ丁度、舞踏会を急ぎ終わらせた王子が戻ってきました。
異例の早さで舞踏会が終了し、驚きを隠せない貴族たちも多いようでしたが、王子はあかねのことが心配で気が気ではなく、必要最低限の催し物が終わると同時に、今年の『青い花の舞踏会』に幕を閉じさせたのです。しかし、あかねを相手に一度でも踊ってしまった以上、他の有力貴族の娘たちの申し出を断ることも出来ず、王子は舞踏会終了まで作り笑顔でとても苦痛の時間を過ごしました。

それで、もう夜もすっかり更け、夜中に近い時間です。
あかねの様子はどうだろうかと医務室の扉を開けようとしましたが――。
そこで、王子の足は止まりました。
なんとなく違う気配を感じて、王子は医務室の扉を少しだけ開きました。

王子の目にとび込んできたのは、あかねが声を上げて泣く姿でした。
しかも、東風の胸の中で。
王子はあかねの泣き顔を見て、どうしようもなく胸が苦しくなりました。
行って、東風を押しのけて自分が抱きしめたい衝動に駆られました。
しかし足がその場で凍り付いてしまったかのように、一歩も動くことが出来ません。
夜の静寂に包まれた王宮内で、あかねの泣き声だけが響いている。
そんな感覚に、王子は囚われました。
王子には、何故あかねがこのように泣いているのか検討もつきませんでした。
自分が取り繕ったあの出来事をあかねが見ているとも思いませんでしたし、見ていたとしても心を痛めるとは思っていなかったからです。
王子は苦しくて苦しくて、自分でも気付かないうちに、服の胸の辺りを力一杯掴んでいました。
それでも、目の前の光景から、目を逸らすことが出来ませんでした。

   “何度も話しかけても 言葉は風にさらわれ
    僕には気づかないまま 君は霧の向こうへ 消えてゆく”

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乱馬にとっての東風先生はなんとなく『勝てない相手』というイメージ。
あかねの初恋の相手で、その想いの強さを出会ってすぐの頃、乱馬は直に感じたはずだから。
なので、パラレルでも東風先生はこのような重要な役で登場。