不機嫌な王子様

1.運命の恋

時は中世。あるところに、サオトメ王国という、豊かな国がありました。
その国の王子乱馬は、一人息子・・・つまり唯一の王位継承権を持つ者として、賢明な父と美しく優しい母に、厳しくも温かく育てられました。
もちろん、未来の王に与えられたのは愛情だけではありません。後の責務を果たすだけの知性と体力を備えるため、毎日何かしらのお勉強はありましたし、騎士団に入団し、戦いの指揮も執れるように教育されました。

王子はそれを嫌と思ったことはなく、何でもそつなくこなしていました。
特に武芸には秀で、16歳になった今、騎士団の中で王子に敵う者は誰もおらず、騎士団長は一応いるものの、王子自らが騎士団の統括をしていました。
実直で行動力があり、身分など関係なく皆に対等に接する王子を、一部の貴族は快く思っていませんでしたが、それ以外の人々は一般市民を含め皆心から信頼しており、この方が未来の王ならば世は末まで安泰と喜んでおりました。

そんな乱馬王子ですが、ただ一つ、彼が今まで全く興味を示したことのないものがありました。
それは『女性』。

唯一の王位継承権を持つ者が16歳ともなれば、当然周りはお妃を、と騒ぎ始めます。
お妃を迎え早く世継ぎを、そんな声が一年程前からちらほら聞かれるようになり、当然それは王子自身の耳にも、そして国王と王妃の耳にも入ります。
国王と王妃はさほど急いで若き王子に一刻も早く妻を、とは思いませんでしたし、何よりも王子自身が心から愛した女性を妻として迎えてほしかったので、貴族たちの「私の娘をお妃に」攻撃にも耳を傾けませんでした。しかし、心から愛する女性どころか、王子は異性としての女性全員に対してあまりにも興味を持たないので、何かきっかけを与えなければいつまでもこのままかもしれない、と二人は心配になってきました。
そこで、貴族たちの勧めるままに『お妃候補』を数人用意することにしました。

これに反発したのはもちろん王子本人です。まだ『恋』や『愛』というものがどのようなものかも知らないし、考えてもみなかったのに、いきなりお妃候補と言われても困惑するのが当然です。まだ修行中の身ですから、と父王に反論してはみたものの、すぐに決める必要はない、これを機にいろいろな女性を見て自分なりに考えてみてはと言われては断れません。
しぶしぶ承諾したものの、その後の王宮内は大変な騒ぎになりました。


誰をお妃候補にするかで、貴族たちはこぞって自分の娘を、と国王に進言します。
それがあまりにも次から次へと忙しいので、国王は段々疲れてきて、何かいい案はないかと隣国の王たちに相談する書状を出しました。
すると、国王は予想していなかったのですが当然ながら、うちの姫君をお妃にしてはどうかという返事が返ってきました。

大陸の四大大国の一つであるサオトメ王国にとって、他の三国のいずれかから妻を迎えることは悪い話ではありません。この四つの国は長い間平和条約で結ばれてきたので政治的・軍事的に特別必要なわけではありませんでしたが、国同士の仲を深めるという意味では良いことだと国王は思いました。

そこで、三国の姫君たちを、数ヶ月間サオトメ王国で預かることにしました。
名目は『サオトメ王国の豊かな資源と安定した治安の視察』、いわば留学生のようなもの。
しかし実際にはお妃候補であることは一目瞭然であり、貴族たちはそのことを快諾しませんでしたが、一国の姫君たちに対して公に不満を漏らすわけにもいかず、国王の提案にしぶしぶ頷くしかありませんでした。

王子自身にとっては、どの娘・どの姫が候補になってもあまり変わらないので、その件に関しては黙っていました。

しかし各国の姫君たちを迎える準備が進むにつれ、王宮内はおろか城下内も慌ただしくなり、王子は改めて事の重大さを感じ始めました。
このことをきっかけに妃を決めてしまわなければならないのだろうか・・・。
周りの慌ただしさをよそに、王子の気持ちは重く暗くなってゆくのでした。


そんな気持ちを落ち着けようと王子が向かったのは、王宮内の庭園。
王宮内に華美な庭園はいくつもありますが、王子が好きなのは王宮の奥にひっそりとある、白い花が咲き誇る小さな庭園でした。ここは王妃が嫁いできた時に自分の国の花で造らせた庭園で、王妃が幼い王子と二人きりで過ごすのによく使っていた場所でした。成長するにつれ王妃と二人で来る機会がほとんどなくなってからも、王子は悩んだり辛いことがあったりした時に、ここを訪れていました。人が来る心配がほぼないので、王子はそこでいつもゆっくりと心を落ち着けて、それから毎日の激務に戻るのでした。


いつものように庭園内に入った王子は、そこでとても意外な光景を目にしました。
人がいるのです。
しかもその人は、自分がいつも座る白いベンチに横たわっていました。

ゆっくりとベンチに近づくと、春の暖かな日差しの中、その少女は静かに寝息をたてていました。
透き通るような白い肌、深い青みがかった艶やかな長い髪、豪華なつくりではありませんが清楚な水色のドレスに身を包んだその少女は、王子の目を釘付けにするのに十分なほどの美しさを放っていました。
閉じられた瞳は開けたときのさらなる美しさを容易に想像させ、唇は白雪の中に落ちた一輪の真っ赤な薔薇のようでした。

王子はしばらく言葉も無く、その娘を見つめていました。
やがて引き寄せられるように横たわる娘の隣に座り、すぐ近くでまだじっと見ていました。
見れば見るほど、その愛らしさに惹きつけられます。
こんな気持ちになったのは初めてでした。
見ているだけで頬が緩むほど幸せな気持ちになりました。
このままずっと時が止まってもいいと思えるほどに、至福の時間でした。

そう、王子は『恋』をしたのです。
一瞬にして心奪われたこの娘こそ、自分の運命の相手だと王子は思いました。
そっと髪に触れてみると、その艶やかな感触により一層胸が高まります。
頬に触れ、王子は間違いなくこの娘を妃に、という気持ちを込めキスをしました。
「ん・・・」
身じろぎして娘が目を覚ましそうになった瞬間、遠くから声が聞こえてきました。

「あかねちゃんー? どこなのー?」
「あかねー? あ、お姉ちゃん、ここじゃない?」

女性の声です。声は段々近づいてきます。
王子は慌てました。この場をなんと説明するか・・・。焦って、王子はひとまずその場を去りました。
あの娘の名前は『あかね』・・・そのことだけはしっかりと記憶して。


数日後、お妃候補である三人の姫君たちが次々とお城に到着しました。
国王・王妃・王子との同時謁見で代わる代わる挨拶をした姫君たちは、皆乱馬王子のことを一目で好きになりました。こんな素敵な方は今まで見たことがない、と目を輝かせたので、それはしっかり他の二人の姫にも伝わり、すでにこっそりと睨み合っては火花を散らす有様でした。

王子はその様子を見て、ため息をつきました。
王子にとってはこのお妃候補たちなどどうでもよいのです。
あの娘のことが、ずっと頭から離れません。
しかしまだどこの誰かもわかっていないのに突然「もうお妃は決めたから候補はいらない」とわざわざやってきた姫君たちに言うわけにもいかず、この日を迎えてしまいました。

王子はあのとき娘が目を覚ましていないうちにあの場を去ってしまったことを、とても後悔していました。あの娘のことがわからないのです。次の日も、その次の日も王子は庭園に足を運びましたが、娘は現れませんでした。


姫君たちが用意された自室へ戻った後、貴族たちは姫君たちのやる気を見てますます面白くなく、口々に不満を言い始めました。
「やはりこの国からもお妃候補を用意されたほうがよろしいのでは?」
「そうですぞ、この国のことを一番考えられるのはやはりこの国の人間でしょう」
「どうです、国王。うちの娘は器量も良く、気立ても良く・・・」
「いやいや、私の娘こそ・・・」

また始まった、とばかりに言い争う貴族たちを見てため息をついた国王は、彼らの意見は無視して、側に仕えていた騎士団長に話しかけました。
「ふむ・・・この有様はどうであろう、早雲」
「は・・・。まことに・・・」
「皆の言う通り、この国からもお妃候補を出すか? いやしかし、それではまた誰にするかで一騒動になってしまう。・・・・・・そうだ。お前にも娘がいるではないか。しかも三人。皆美人との噂だが特に末の娘はこの国一番の美しさと聞く。お前さえ良ければ、その娘をお妃候補にしてはどうか?」
この国王の言葉に、騎士団長である早雲よりも先に口を出したのは貴族たちです。
「な・・・っ、騎士団長は確かに貴族の血をひいてはいるものの、もはや騎士団長として城下に移り住んだ身。そのような家柄の娘を・・・」
そこまで言いかけて、その貴族は国王の顔が険しくなっていることに気が付きました。

早雲は元は貴族の出で、国王と同じ年ということもあり、幼い頃から共に勉学や武道を学ぶ機会が多くありました。国王にとっては無二の親友のような存在でもありました。貴族としてのきらびやかな生活が嫌で早雲は自ら騎士団に所属し、団長となってからは城下の警護の為と王宮を出て城下に一般市民と共に住んでいました。自らが貴族であることを語らない故に一般市民には早雲が貴族の出ということを知らない者も多く、市民にとって頼れる騎士団長としてもう十数年の月日を過ごしていました。

「は、わが娘で本当によろしいのですか・・・?」
「もちろんだ。お前の娘ならばわしはいつでも息子の妃として迎えたいよ」
国王は、もし三国の姫君たちが聞いていたら激怒しそうなことをさらりと言ってのけました。国王が早雲に絶対の信頼を寄せていることをよく知っている王妃も、笑顔で頷きます。

これを傍らで見ていた王子は、また一人増えるのかとうんざりしました。しかし、
「ははっ。では我が末娘、あかねをここに連れて参りまする」
その名前を聞いた瞬間、顔色が変わりました。
あの娘です。あの娘がお妃候補に・・・?
『そんなもん、候補どころかすぐに宣言したいくらいだ』
そう言いたくなるのを抑え、まだ小さく不服を申し立てている貴族たちの方を向いて立ち上がり、それまで押し黙っていた自らの口を初めて開きました。
「もうよいではありませんか。その娘を候補といたしましょう」
努めて冷静に言いながら、王子は頬が緩むのを必死に抑えていました。

   “止まらないよ 愛しすぎて 君を捜し夢がさまよう
    どうしようもないね 君以外じゃ 僕の腕は 抱きしめたくない”

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どの世界・どの時代でも乱馬くんとあかねちゃんは相思相愛。
この作品を、書くきっかけを与えて下さった、いなばRANAさまに。
感謝と敬愛の念を込めて。