魔法の言葉 -side A-
2月14日。
あたしは、少しだけ好きな人の前で素直になれた。
そしてそれから、もうすぐ1ヶ月が経つ───。
「ねぇねぇ、あかねはホワイトデーに乱馬くんから何をもらうの?」
教室中に聞こえるくらい大きなゆかの声に、あたしは一人焦る。
「し、知らないわよ! あいつは何にも用意しないと思うけど!?」
言いながら辺りを見回すと、幸い本人はいなくて、ほっと一息。
そんな話してたら、まるで欲しいって言ってるみたいだもん。
「そうかなー? あたしはちゃんと用意してくれると思うけどなぁ」
さゆりも口をはさむ。
何でそう思うの?
あいつはそんなマメな性格じゃないって。
「だってあかね、あげたんでしょ? バレンタインのチョコ」
さゆりは、あたしが考えていた疑問に答えるように、そう言った。
確かに先月のバレンタインにあたしはチョコをあげた。
それも、見た目も汚くて味も最悪な手作りチョコを。
乱馬は、あげた数日後にあれを全部食べて、見事におなかを壊したようだった。
でもあたしには何にも言ってこなかったので、あたしは知らないふりをしてた。
だって、あのチョコの話題に触れるのは何だか恥ずかしくて・・・。
「あげたけど、くれるとは限らない、し・・・」
言いながら、あたしは自分の言ってることを心の中で否定してた。
乱馬は意外にそういうとこちゃんとしてるから、お返しはするかも・・・って。
その考えも、しっかりゆかとさゆりには伝わったようで。
「ほらね、でしょでしょ? 今日あたり何か言われたりするかもよ?」
何かミョーにうれしそうだなぁ、二人とも。
乱馬から何か聞いたのかな?
それとも彼氏(ひろし&大介)づてで聞いたのかも?
とりあえず余計な詮索はしないでおこう。
聞いても教えてくれないだろうし・・・。
午後の授業開始チャイムがなり、皆それぞれ席に戻った。
乱馬は、5分ほど遅れて教室に戻ってきた。
その日の帰り、あたしは乱馬から意外な申し出を聞くことになった。
「今度の日曜・・・遊園地行かねー?」
日曜日って・・・もしかして・・・。
あたしは自分でも頬が緩んでいくのをはっきりと感じた。
自然に、自然に・・・。
「い、いいわよ? どうせ何にも予定ないし・・・」
あー、可愛くない!
絶対乱馬今の可愛くないと思ったよね?
そっぽ向いてたし。
せっかく誘ってくれてるのに・・・。
言ってしまった一言が気になって、乱馬の言ってること、耳に入らなかった。
「え? なぁに?」
聞き返してみたけど、
「なんでもねーよ」
とそっけなく返されてしまった。
「じゃ、今度の日曜、10時に駅前集合な? うちを一緒に出ると親父たちにいろいろ言われそうだし・・・」
「そうね、それがいいと思う」
あたしはこの後、日曜の服選びに部屋のタンスを全部ひっくり返すことになる。
「へぇー、そうなんだ!」
「やるじゃん、乱馬くん!!」
あ・・・やっぱ言わなきゃ良かったかな。
翌日、一応ゆかとさゆりに昨日のことを報告すると、二人ともあたし以上のはしゃぎよう。
きゃいきゃいとまたしても教室中に響くような声であたしに話しかける。
でもまた乱馬は教室内にいない。
今日は4限目終了後、速攻でひろし・大介といなくなったのは見たんだけど・・・どこに行ったんだろ・・・。
「ねぇあかね、明日さぁ、一緒に買い物行かない? 日曜用の服買おうよ!」
ぎくっ。
まるで昨日あたしが部屋中の洋服をひっくり返して、それでも服が決まらずに半泣きになったのを知っているかのような発言!
そのお誘いはかなりうれしいかも・・・。
「いいよ? 別に日曜の為に買いに行くわけじゃないけど!」
言ってあたしはちらりと二人を見た。
二人はあたしの素直じゃない発言を、クスクスと笑って聞いていた。
ゆか・さゆりと待ち合わせた某デパートの入り口には、もう11時だからかすでに人が結構いて、土曜日だなってことを感じさせた。
ここは待ち合わせ場所としてよく使われるところだから、立っている人もたくさんいる。
待つ間にちょっとした人間観察(じろじろ見ていたわけじゃなく!)をしていたら、すぐに二人ともやってきた。
「ごめんね、2・3分遅れちゃった」
「いいよ、そんなの。それよりどこから見る?」
女の子同士のお買い物は、とっても楽しい。
特に洋服選びと休憩がてらのカフェでのおしゃべりが最高。
何気なくお店を回っていて、可愛い洋服を発見した時とか、それだけですごくうれしくなっちゃう。
今いるお店は、さゆりオススメの場所。
裾とか襟とかにちょっとレースやフリルが入っていて、とってもラブリーなお洋服たちがいっぱい。
あたしもこんな服、着てみたいな・・・。
でもあいつから「ずん胴胸なしには似合わない」とか言われそうだし・・・。
ぼんやりと店内を見ていると、突然目の前にワンピースが1着現れた。
「あかね、これすごく可愛くない!? 着てみなよ!」
黄色の生地に、全体にピンクの小さい花を散らしたキャミワンピ。
胸元と裾にはフリル。
すごく可愛いけど───。
「大丈夫、絶対似合うって! 着てみてよ!!」
二人に半ば強引に試着室へ連れて行かれ、ワンピースを手渡される。
「この上に花とおんなじ薄ピンクのカーディガンを着て・・・ほら、可愛い〜☆★」
試着したあたしの姿は、いつもと全然違って見えて。
ちょっと『女の子』レベルが上がった気がした。
「そ、そうかな・・・?」
って答えながら、ホントはすっごく気に入っちゃってる。
乱馬、この姿を見て、何て言うかなぁ。
いつもの「可愛くねー」と逆の言葉、聞けるかなぁ・・・。
そう考えるとますます嬉しくなってきた。
けど、一応おざなりの抵抗をしてみる。
「でも、まだこの格好は・・・寒くない・・・?」
「何言ってんの、大丈夫だよ! それに、女の子は寒さよりオシャレを選ぶのよっ!」
ゆかとさゆりが強く押したこともあって、あたしはその後すぐ店員さんに「買・・・います」って言ってた。
出来るだけ普通に言ったつもりだったけど、すごく嬉しそうなのバレてたかも。
ゆかとさゆりは「ホントめちゃくちゃ可愛いよー!!」って何度も言ってくれた。
「可愛いよ」。
その一言が、あの人の口から、聞きたい───。
当日の朝、あたしは9時半に起きた。
きゃー!! 待ち合わせまであと30分!?
昨日なかなか眠れなかったから・・・。
どうしよう、絶対遅刻しちゃう!!
しかも、今日は洋服に合わせて髪もピンで留めたりして、女の子チックに仕上げようと思っていたのに。
待たせたくないけど、オシャレをあきらめたくもないよー!
結局あたしは髪やちょっとしたメイクに時間をかけてしまって、待ち合わせの時間を30分以上オーバーして駅前に着いた。
乱馬は、すでに駅構内にいて。
柱にもたれかかり、立っていた。
一瞬、別の柱の時計を見て、辺りを見回す。
その視線と、あたしの視線がぶつかる。
乱馬は、一瞬あっけにとられたみたいだった。
そんなにおかしいかな、あたしの格好・・・。
走り寄って「ごめんね」と言ったけど、返ってきた返事は「ああ、うん」だけ。
それから、スタスタと一人で改札口へ行く。
「え・・・、待って!」
追いかけると、背を向けたまま右手が彼の肩上から後ろへ来て、一枚の切符を渡された。
「あ、ありがと・・・」
聞いているのかいないのか、乱馬は返事もせずに改札を通りエスカレーターでホームへ行ってしまい、あたしは必死にそれを追いかけた。
あの日ワンピースと同じ店で買った、履き慣れないミュールが走ると少し痛い。
ホームの黄色い線のでこぼこに足をとられ、転びそうになる。
「あ・・・っ」
こんな格好で転んだら本当に恥ずかしい、なんて転ぶ瞬間考えていたら、確かな腕に支えられた。
人に見られていることもあって、ますます恥ずかしくなってしまい、すぐに身体を離してうつむいてしまう。
「ありがとう」って、言わなきゃ、早く───。
「ったく・・・そんな靴履いてくるからだよ」
少し呆れたような乱馬の声に、あたしの心臓はドキンと鳴った。
言いかけた言葉は、飲み込んでしまった。
すごく迷惑そうな声が耳に残っている。
そういえば乱馬、この服について何にも言ってくれなかった。
期待、してたのにな・・・。
「可愛い」って言ってもらえること・・・。
しゅんとしたまま電車に乗り込んで、しばらくの間沈黙が続いた。
このままじゃ一日が楽しくなくなっちゃう。
せっかく乱馬が誘ってくれたのに・・・この一日をこのまま終わらせたくない!
あたしは必死で話題を探した。
「遅れて、本当にごめんね。寝坊してしまって・・・」
「今日、晴れてよかったね!」
「そういえば、ゆかとさゆりも今日デートだって言ってたよ! どこに行ったのかなぁ?」
「ねぇねぇ乱馬、あそこのカップル・・・あんな人前でいちゃいちゃして、恥ずかしくないのかな? おかしいよね」
いろいろ言ってみたけど、全部帰ってきた言葉は「ああ」か「うん」ぐらい。
何でかなぁ・・・。
さらに機嫌が悪くなったような気もするし、最後には「寝る」と言って、目を閉じてしまった乱馬。
遅れたのがいけなかったの?
それとも、こんな似合わない格好してきたから?
誘ったのはやっぱり失敗だった、って思ってそう・・・。
そんなことを一人で考えていると、涙が出そう。
だめだめ、こんなことぐらいで負けないぞ!!
あたしは寝ている乱馬の横で、大きく首を振り涙をぬぐった。
さすが日曜日、行楽地は予想通り大勢の人で賑わっていた。
乱馬が持っていた券を差し出し、フリーパスと引き換える。
中に入るまでに20分、一つの乗り物に乗るのに一時間近く待って・・・。
「人気アトラクションは予約が出来るから」と乱馬はあたしが並んでいる間にその予約を取りに行ったりしてくれたけど。
あたしには何だか、一緒に待たなくていい口実のように思えた。
一緒に待っている間にも、いろいろ話しかけてみたけどやっぱり反応はさっきと同じだった。
ただじっと立っている身体に、風は容赦なく吹きすさぶ。
やっぱり、薄着、だったよね・・・。
段々、腹がたってきた。
自分が誘ったんだから、少しぐらい楽しそうにしてくれたっていいじゃない。
あたしは周りを気にして、小さめの声で乱馬に聞いた。
けど、言い方には確実に棘があったと自分でも思う。
「ねぇ、何でそんなに機嫌悪いの!?」
「は? 別に・・・悪くねーよ」
「悪いよ! ずっと嫌そうな顔してるじゃない!」
「してねーって!!」
「してる! ねぇ、なんで!? なんで!?」
「・・・お前が、そんな格好してるからワリィんだよ!!」
「・・・・・・!!」
いつの間にかどんどん大きくなっていた声は、その言葉で終わり、あとは気まずい沈黙が残った。
乱馬は違う方向を向いてしまい、あたしもそれ以上何も言えなかった。
「トイレ、行ってくるね」
あたしはやっとの思いでそれだけ言うと、近くのトイレへ走った。
洗面台で顔を何度も洗いながら、涙が止まらなかった。
こんな格好してこなければ良かった。
やっぱり、この姿が元凶だったんだ。
あんなに嫌そうな顔をさせるほど、おかしな格好だったんだ。
期待していた分失望は大きく、あたしの胸にのしかかる。
メイクは完全に落ち、涙でぐしょぐしょの顔になってしまった。
ピンも、すでに外れかけていたので外した。
しばらく下を向いたまま水が排水口に流れていくのをじっと見ていたけど、ふと顔を上げ、ハンカチで手も顔も拭いた。
帰ろう。
もう乱馬と顔を合わせられないし、姿を見たら絶対また泣いてしまう。
トイレを出て、のろのろと出口へ向かう。
きっと周りから見たら、あたしはすごく変だろう。
でもそんなこと、もうどうでも良かった。
好きな人に可愛いって言ってもらえないなら、他の人になんて思われたって意味がない。
出口が見え始め、そこだけを見てふらふらと歩いていると、急に後ろから右腕をつかまれた。
反射的にそれを振りほどこうとしたけど、出来なかった。
それだけあたしの腕はしっかり捕まえられていた。
痛くはなかったけど、振りほどけそうにもなかった。
つかんだその人───乱馬は、そのままあたしをどこかへ連れて行く。
何も言わずに。
後ろのあたしに振り返りもせずに。
でも振り返らない方がいい。
顔を見られたくない。
連れて行かれた先は、観覧車の乗り場だった。
一瞬ぎょっとして、腕を離そうとしてみたけど、びくともせずそのまま乱馬は奥へ進んでいく。
予約チケットを係員に見せると、乱馬はあたしを先に観覧車に乗せ、自分も乗り込み向かい側の席に座った。
あたしも乱馬も下を向いていた。
しばらくまた、沈黙が続いた。
その沈黙を破ったのは、乱馬だった。
「俺・・・なんかした?」
「・・・・・・?」
「その顔・・・泣いてたんだろ?」
「・・・・・・!」
「さっきだって、帰ろうとしてたんだろ? 俺を、おいて」
「・・・・・・」
この人は、きっと悪気もなく言ったんだよね。
だから、あたしが何でこの状態なのかわからないんだ。
でも、何て説明すればいいの?
「可愛いって言ってくれなかったから怒りました」って?
大体、機嫌が悪かったのはそっちなのに・・・。
考えると、また涙が溢れてきた。
「可愛い」って言ってほしかった、なんて言えない───。
「・・・なんで、怒ってたの?」
「・・・?」
「なんで、機嫌悪かったの?」
うつむいたまま、さっきと同じ質問をしてみた。
「機嫌、悪くないって。さっきも言った」
「うそ! だってほとんどしゃべってくれなかったじゃない!」
「だからそれは、お前の格好が・・・」
「!!」
「お前がワリィんだよ。いきなりあんなに可愛くしてくるから・・・」
え・・・・・・?
今、「可愛い」って・・・。
「あんまり可愛いから、どう接していいかわからなかったんだよ」
思わず顔を上げると、乱馬は思いっきり照れた表情で、右手で頬杖をついてムスッとしていた。
「そ、そんな・・・あたしてっきり、あまりにも似合ってないから怒っているのかと・・・だって、駅でも・・・」
「駅?」
「『そんな靴履いてくるからだよ』って呆れた声で・・・」
「呆れてねーよ。ただ、あぶなっかしくって見てらんねーんだよ。いつ転ぶかってこっちがドキドキする」
そ、そうなんだ・・・。
全部、あたしが卑屈に考えていただけなんだ。
言葉で「可愛い」って言ってくれないから不安になって、似合ってないって思われてるって思い込んでた。
そうなんだ・・・。
あたしはふっと楽になって、口元に笑みがこぼれた。
泣き笑いみたいになった顔を、乱馬が胸元に引き寄せた。
首筋に回された両腕。
あたしの頭の上に乱馬のあごがある。
「ごめんな・・・また不安にさせた」
あたしは、頭を小さく横に振った。
「すぐに素直に『可愛い』って言ってやれなくて、照れて一日を台無しにしちまった。あかねに楽しんでほしくて計画したのに・・・」
あたしは、また頭を小さく横に振る。
そんなことない。
あたしはもう十分すぎるほど素直な気持ち、もらったよ・・・。
「俺のためにそんなに可愛くなってくれて、ありがとう・・・」
『ありがとう』・・・乱馬からはあまり聞けない言葉、のような気がする。
心が暖かくなって、身体中が幸せでいっぱいになるのを感じた。
観覧車を降りた時、係員さんと顔を合わせるのがちょっと恥ずかしかったけど。
そこを通り抜けて、あたしたちは顔を見合わせて、笑った。
帰宅後、あたしは一日の疲れがどっと出て。
まずお風呂に入り、身体を芯から温めた。
思い返してみるとやっぱりかなり寒かったなー・・・。
乱馬が「可愛い」って言ってくれたから、もういいんだけど。
あたしにとっては結局それが全てなんだなぁって、自分でも呆れてしまう。
好きな人の一言が、何よりも大切だなんて。
乱馬には、絶対に内緒。
お風呂から上がって、もう寝ようかなとした頃に、部屋のドアを叩くノックが静かに響いた。
誰?
もしかして───。
「俺。入っていい?」
ええーっ!?
こんなパジャマ姿の時にいきなり困るよ!!
・・・っていつも寝る前はお互いパジャマ姿で居間とかうろうろしてるんだった・・・。
動揺しているあたしの返答より先に、ドアは静かに開いた。
あたしは、とりあえずベッドに腰掛け、何でもないフリをする。
「・・・寝てなかったんだ」
乱馬に言われ、あ、と気付く。
そっか。
今返事しなかったから・・・。
「う、うん。まぁ。ど、どうしたの? こんな時間に」
すごい動揺してるの、バレバレかな。
「・・・いや、今日、楽しかったかなーと思って」
なんだ、そんなことかぁ。
いや、なんだってことはないんだけど。
「うん、楽しかったよ! 途中めげそうになったけど☆ あの乗り物とか、楽しかったよね〜。あ、あれもさ、あの時こう思ってて・・・」
あの時楽しくおしゃべり出来なかった分を取り戻そうと、あたしはいろんな話をした。
乱馬も、今度はそれに答えてくれた。
「そうだな。・・・また行こうな」
その乱馬のセリフは、あたしには聞こえなかった。
いつの間にか、あたしは眠っちゃってたから。
乱馬が部屋を出て行ったのにも全く気付かないほど、熟睡してた。
『好きだよ』・・・乱馬がそう言ってくれる夢を見て、あたしは思わず夢の中で泣いてしまった。
そして翌朝、起きてすぐ枕元に置いてあるプレゼントに、今度はうれし泣きさせられることになる・・・。
Happy White Day
2003.03.16
ホワイトデー企画小説、あかね視点です。
バレンタイン小説の続きになっています。
今回は、とにかく「可愛い」にこだわりました。
乱馬くんはいつもあかねちゃんに対して「かわいくねー」と言ってますが、本当は誰よりもあかねちゃんのことを可愛いと思っているはず! それを前面に押し出しました。
あと、ゆかとさゆりを登場させることも、今回の大条件でした。
女の子同士のおしゃべりや恋バナって、すごく大切だと思います。