真冬の帰り道

「・・・ったく・・・何やってんだよ!」
「しょうがないでしょ!? 気付かないうちに無くなってたんだから!!」
「それで、なんで俺が付き合わされなきゃなんねーんだよっ」

乱馬が、いかにも面倒くさそうに舌打ちする。
彼は実際、面白くなかった。

それは今隣で焦りをあらわにしている許婚の“探し物”自体に原因がある。
あかねが今必死で探しているものは、キーホルダー。
しかも、黒豚のキーホルダーだ。

クラスメイトからお土産としてもらったらしいこの『小物』、乱馬からしてみれば嫌でも水をかぶると黒豚になる『誰か』を連想してしまって、いつもあかねの懐に入られる不愉快極まりない行為を思い返してしまう。

だからあかねがこれをもらって喜んでいるのを見たときからずっと不機嫌だったし、どこに付けるのかハラハラしていた。
よく見えるところには付けて欲しくないし、だからといって肌身離さず持つなどもっての外だ。
実は密かに『失くしてくれてラッキー』とか『このまま見つからなくていいのに』とか思っているので、ここはさっさと見切りをつけて帰りたい。

・・・しかし当の本人は、側で許婚がそんなことを考えているとは露知らず、必死に手探りで公園脇の茂みを掻き分けている。

大体、あかねにしてみれば乱馬の態度は感じ悪いことこの上ない。
確かに、もらって数日の間どこに付けるか悩んでいたので、制服のポケットに入れたままにはなっていたが、落としたことをそんなに怒らなくてもいいのではないか。
いや、落とした自分が一番悪いのだけど・・・。
ぶつぶつ文句を言うくらいなら探してもらわなくていいのに。

「だったら先に帰ればいいでしょ! あたし一人で探せるんだから」
心の中では自分を責めつつも、口から出てくるのは可愛くない一言。

「あーそーかよ。だったらもう知らねーよ! 俺は先に帰るからな!!」
乱馬も自分の本心を隠して、その場をさっさと離れ、歩き出す。

あかねは本当にいなくなる展開になったことに落胆しつつ、去っていく後ろ姿を一瞬見つめたが、「ふん!」とそっぽを向くことで自分自身を無理矢理強くさせ、中断していた行為を再開した。


乱馬が天道道場に着いた頃、辺りはすでに真っ暗になっていた。
さっきまで夕日が差していたのに、日が落ちるのが本当に早い。

今日の夕飯は何だろう、早く入ってかすみさんに聞こう・・・そう思っているはずなのに、門の前で立ち尽くす。足が前に進まない。
乱馬は、その場を2、3度うろうろした。

そして、突然走り出した。
さっき辿ってきたばかりの道へ。

あかねはきっと、探しながら学校の方へ少しずつ戻っているのだろう。
見つけるのは容易なはずだ。
そう思いながらも、すっかり暗くなってしまった道は、乱馬を少し不安にさせる。

自分でも気付かないうちに全力で走っていた乱馬は、学校に辿り着いた時かなり息を切らしていた。
ここまでの道のりにはいなかった。見つからなくて学校内を探しているのか?

すっかり人気のなくなった学校に入ると、あかねはすぐに見つかった。
「・・・乱馬!」

靴箱にいたあかねは、乱馬を見て心底驚いた。が、すぐに嬉しそうな表情で
「あったの! あたしの靴箱に引っ掛けるようにして置いてあった。多分この辺りで落として、あたしのだって知ってるクラスメイトがここに掛けてくれたんじゃないかな」
と、キーホルダーを誇らしげに差し出してみせた。

乱馬は脱力すると同時に、
「あーそうかよ。心配して損した!」
と吐き捨てていた。
やっぱり黒豚を嬉しそうに見せられるのは気分が良くない。

が、あかねが反応したのは態度ではなく言葉そのものだった。

「乱馬、心配してくれたの? ・・・それで戻ってきたの?」
「!!! ・・・・・・べ、べつにそういうわけじゃっ・・・」

乱馬は自分が思わず言ってしまった一言に焦り、慌てて否定した。

・・・が、あかねは気付いてしまった。
視線を逸らした彼の顔が、暗がりでもわかるほど赤くなっていることに。

途端に自分の顔も赤くなるのを感じる。
照れられると、こっちまで照れてしまう。
「・・・何よ、じゃあどういうわけなのよ・・・」
言いながらも強気な言葉は少しずつ小さくなっていき、恥ずかしさだけが残る。

「お前も、一応女、だからな。何かあったら俺がおじさんに怒られるし・・・っ」

『やっぱり心配してくれたんじゃない』
その言葉を、あかねは飲み込んだ。
言えばまた、乱馬から否定の言葉が返ってくるから。

今は、彼のこの態度だけで、十分。
これが乱馬の優しさだから・・・。

「・・・ね、手つないで帰ろ?」

しばらくの沈黙の末、勇気を出して言った一言。
からかわれたら、やり返すのみ。
さあ、なんて返す!?

「お、お前がつなぎたいなら、つないでやるよ」
・・・そう来たか・・・。
あかねはどう返事するか一瞬迷ったのち、
「・・・やっぱり、いい」
そう言って乱馬の横をすり抜け、帰り始めた。
ちょっとは残念がってくれないかな、そう願いながら。

「・・・・・・!?」
あかねから珍しく言われた可愛らしい一言に必要以上に緊張と期待をしてしまった乱馬は、肩透かしを食らったような気分になった。
からかわれた・・・? そう思いながらも、今なら何とか出来るかもしれない。
この勢いで・・・! と考えが追いついた時には、すでにあかねの隣に並んで、手をつないでいた。

あかねは、優しくつながれた手をゆっくりと握り返した。
あかねの笑顔が、ようやく姿を見せた月明かりに照らされ、とても綺麗に輝いていた。


2007.02.11
バナナさまにお贈りしたものです。リクエストは『原作っぽさに甘さちょっとプラス』。

タイトルである『真冬の帰り道』は、歌にそういうのがあったような気もしますが全く関係ありません。
乱馬くんはこの後、聞かれてもいないのに「寒かったからな! 今日は特に!!」とか手をつないだ言い訳を一人必死に考えていてほしいです。