チョコの行方 -side R-

2月14日。
それは、女の子が好きな男に思いを告げる日。
素直じゃない女の子からも、素直な気持ちを受け取ることが出来る日・・・?


寒さが一段と厳しい、2月中旬の午後。
あかねと、かすみさんから頼まれたおつかいに来ていた俺は「用事があるから先に帰って」というあかねの言葉に黙って従い、夕飯の材料を持って軽快に家路へと急いでいた。

急ぐ必要は全くないのだが、何だか足取りが軽い。
それというのも、さっきあかねが見せた作り笑顔のせいだ。
「用事があるから」って珍しく俺ににこやかな態度を取っていたけど。
あれは俺に今から何をしようとしているかを悟られまいとするフェイクだな。

まったく、可愛げのないやつ。
俺のためにチョコを買うんなら、素直にそう言えばいいのに。

昨年はチロルチョコ1個(泣)・・・だったから、今年はフンパツする気か?
それとも、手作りチョコの材料を買いに行ったか?
いやー、手作りはまずいだろう。
俺が死んでしまう。

まぁ、もう作ったからどうしても・・・っていうんなら、食ってやってもいいけど。
あかねのマズイ料理なんか、食べられるの俺ぐらいしかいねーもんな。
うん、仕方がないから、食べてやるよ。

考えながら、ふと自分の顔がにやけていることに気付く。
いかんいかん、親父たちに勘付かれちゃたまらない。
こっそりもらって、そんで2人だけで・・・・・・。
また緩みそうになる顔をきりりと引き締めて、俺は天道道場の門をくぐった。


翌日──バレンタイン当日の朝、うちの台所はやけに騒がしかった。
時々「きぇーっ!!」とか「とりゃーっ!!」とかいう大声が聞こえてくる。

何やってんだ、あいつ・・・・・・。
台所で稽古か?
んなわけねーだろ・・・。

絶対あれは何かすごいモンを作ってるぞ。
本当に全部食えるのか、俺・・・?
ちょっと覗きに行きたかったけど、台所の前まで行って、やめた。
せっかく頑張ってるんだもんな、最後まで気付かないフリをしてやらねーと。

俺は、台所から遠く離れた道場へ行くことにした。
稽古してたら、持ってくるだろ。
親父たちはどうせ稽古なんてしねーだろうし、俺以外誰も行かねーだろうから。

ちゃんと稽古になっているのかわからないが、そんなことを考えながら道場での時間は刻々と過ぎていった。


おかしい。
昼が過ぎ、夕方が過ぎ、もはや夜の22時。
おなかの虫がグウと一回大きく騒ぎ、そういえば夕飯はどうなっているんだろうと疑問に思った頃、「お夕飯ですよー」というかすみさんの声がした。

ずいぶん遅い夕食だな・・・そう思いながら居間へ行くと、家族全員がそろっていた。
あかね以外の。

皆口々に「いただきます」と呟きながら箸をとり食事を始める。
その光景をしばらくボーッと眺めていると、親父から「早く座らんか」と声を掛けられた。
言われるままにいつもの場所に座り、皆と同じように「いただきます」と呟いて茶碗と箸を持つ。

機械的に夕飯を腹に入れながら、俺はある一つのことを考えていた。

あかねはどこに行ったのだろう。
台所はすっかり静けさを取り戻していた。

あかねの気も感じない。
あかねは台所にはいない。
多分、この家のどこにも。

だが、俺のところにあかねは姿を見せていない。

チョコは出来上がったのだろうか?
というか、本当にあかねはチョコを作っていたのか?
いや、チョコは作っていたのかもしれないが、それは本当に俺のためだったのか?

今まで何の疑いもなく『俺のために』 『チョコを作る』あかねを想像していただけに、この疑念は一旦思い付いてしまうと膨らむばかりで止めようがなかった。

あかねがどこへ行ったのか、知りたい。
かすみさんなら、行き先を聞いているかもしれない。
でもそんなこと聞いたら、俺すげー焦ってるみたいだ。

悶々としたまま夕食を終え、縁側を2、3度うろうろしてみる。
あかねが帰ってくる気配は一向にない。

もう夜もかなり更けたし、今夜は雲が多くて月も出ていない。
別の意味でも心配になってくる。こんな夜遅く、どこほっつき歩いてんだか・・・。

・・・ん? それだ!!

「かすみさん、あかねどこに行ったか知らねー? こんな夜遅くにどこほっつき歩いてんだか、なぁ」
俺は、夕飯の片付けをしているかすみさんに、台所の手前から声を掛けた。

努めて冷静に今の状況だけを言ったつもりだ。
「夜遅くまで女の子が一人で出歩いてる」ことにはかすみさんも心配になるハズだ。
上手くいけば、あかねがいる場所も分かる。

俺は、次にくるかすみさんの言葉を待ち構えた。
でも出てきた言葉は意外なものだった。

「本当に、あんなに急いで出掛けていって、一体どこに行ったのかしら・・・」
急いで? 一体どこへ・・・・・・。
「乱馬くん、あかねを探してきてくれる?」
かすみさんの言葉を聞くと同時に、俺は夜の街へ駆け出していた。


あかねが出掛けそうなところ───。
猫飯店、お好み焼きうっちゃん・・・今日に限って行くはずはない。
学校帰りによく行くハンバーガー屋、甘味処、昨日も行ったスーパー・・・もう閉まってるか。

どこだ、あかねがいそうなところ。

誰かの家とかにいたら、絶対見つからないのに。
俺は走っていた。
あかねがいそうなところを必死に考えながら。
どこかに一人でいるはずだと、そう自分に言い聞かせながら。
俺は必死で走っていた。

学校帰りの道沿いにある公園に入った時、俺は確信した。
あかねがここにいる。

あかねの気だけは嫌というほどはっきり分かる自分を褒めてやりたくなった。
奥のブランコにただ一つの人影。

それに近付こうとした時、
「何か用?」
鋭い一言だった。

それはまるで、今やってきた俺が邪魔な存在だと言わんばかりに───。

何故あかねは今、こんなに「怒って」いるのだろう。それとも単純に「うっとうしい」のか?
「・・・別に。お前がこんな時間に一人で出掛けるからおじさんたちが心配して、探してこいって言われたんだよ。お前こそこんな時間にこんなところでなにやってんだ?」

知らず知らずのうちに、俺の口調もあかねと同じようになる。
こんな風に言ってしまったら、またいつものようにケンカになってしまう。
そのことは、俺が一番よく分かっているはずなのに。

瞬間冷たい空気が流れ、次に俺の神経を余計逆なでするような言葉が返ってきた。
「乱馬には関係ないでしょ。悪いけどまだあたしは帰れないから、乱馬先に一人で帰って。お父さんには適当になんか言っといてよ」
「・・・何だよ、それ。こんなところで何の用があるってんだよ」
「あんたには関係ないって言ってるでしょ! ほっといてよ!!」
「・・・・・・!!」

あまりな言葉に、俺は思わずあかねの腕をつかんでいた。
どうするつもりなんだ、無理矢理連れて帰るのか?
自分でも咄嗟にしてしまったことに理由を考える。

しかし、俺の行動は全力で拒否された。
「いやっっ!!」
力づくで振りほどかれた手はあさっての方向へ一瞬飛ばされ、力をなくしてだらりと俺の太腿あたりへ戻ってきた。

その間に、あかねは俺に背を向けていた。
全てを拒否されたようで、俺はもう何も言えなくなってしまった。
でも、このままここへ置いていくわけにもいかない。

「・・・・・・とにかく、うちに帰ろう。みんな心配してる」
何言ってんだか。
俺が心配なだけなのに。
みんなのことなんて、何も考えてないくせに。
それを言うのが、精一杯だったんだ。


あかねは、おとなしく俺の後についてきた。

用事はよかったんだろうか。
大体、何の用事だったんだろう。

・・・俺への手作りチョコなんて、俺が勝手に妄想してただけだったのかな。

今日台所で朝から頑張っていたあかねの行動が、全部俺じゃない他の誰かへのものだったのかもしれないと考えただけで吐き気がしそうだ。

そんなの、俺は許せない。
許せるはずがない。
もしそれをはっきりあかねの口から聞かされようものなら、俺はあかねに対して何をしでかすか、わからない。
狂ってしまいそうだ。

あかねが、他の奴に?

そっと斜め後ろにいるあかねの顔を見ると、伏し目がちにあかねは下を向いて歩いていた。
可愛い顔が、憂いを帯びて歪んでいる。

そんな表情にさせているのは、俺?
困らせているのは、俺なのか?
それとも、俺のことなどハナから眼中になくて、今も他の奴を想って憂いているのか?

たとえあかねの好きな奴が俺じゃなくても・・・。
あかねが幸せなら、それでいい。
俺はそう思い込むことにした。
家までの残りの道を、俺はただひたすらまっすぐに前だけ見て進んだ。


果てしなく長く思えた道のりを終え、俺は一目散に部屋へと逃げ帰った。
誰とも顔を合わせたくないし、話もしたくなかった。
幸いなことに親父もまだおじさんと飲んでいるようで居間から少し声が漏れ聞こえていたが、部屋のふすまを完全に閉めてしまうとそれも全く聞こえなくなった。
明かりもつけずに畳へうつ伏せると、後悔がどっと押し寄せてきた。

もう少し、優しくしてやればよかった。
もう少し、意地を張らなければよかった。
もう少し、もう少し・・・・・・。

考えても仕方のないことばかり思い付く。

「あかねが幸せならそれでいい」なんて一瞬でも思い付いた俺は、ばかだ。
あかねを幸せにするのは俺だ。
俺しかいないんだ。

でも、そう思うことすら間違いなのか?
もうどうしたらいいか、わからない。

部屋の外に人の気配を感じた。
その後、ふすまがそろりと開けられる。
俺は一瞬でガバッと起き上がった。
入ってきたのは、あかねその人だったから───。

「はい」
差し出されたその箱は甘い香りがした。
一気に俺の胸に期待が広がる。

うつむいたままのあかねの手からそっと箱を受け取ると、はやる気持ちを抑えラッピングを丁寧にはいでいく。
疑問は山ほどあったが、それより中身を見ることが今の俺の最優先事項だった。
そんな俺の疑問を解決してくれるように、あかねが突然饒舌にしゃべり出した。

聞きながらたどり着いた箱の中身は、チョコケーキ。
多分。
しかも、文字が書いてある。
どろどろになっててよく見えないけど、これは・・・・・・。

胸がいっぱいになった。
あかねを今すぐ抱きしめたい。
思うより先に身体が動いていた。

・・・ありがとう。そう言いたいけど、言葉が出ない。

とりあえず、あかねが一生懸命説明してくれてることはもう十分伝わったから、そんなに必死になる必要はないんだよって、そう言ってやりたくて先に言った言葉はまた言葉足らずだったようで。
俺はもう一度言い直した。

「もういいよ、何も言わなくて。気持ちはここに書いてある言葉一つで、十分伝わったから・・・・・・」
「何て書いてるか、わかったの・・・?」
あかねが聞く。

当たり前だよ。
だって・・・・・・。

俺は抱いている腕に力を込めた。
「わかるよもちろん・・・だって、俺も同じ気持ちだから・・・・・・」

素直に言えた。

俺にとってもあかねにとっても、素直になるってすごく大切なコトだって、改めて感じた。
返事の代わりに、あかねは俺の首筋に腕をまわし、ぎゅっと俺を抱きしめた。

それだけで、俺は世界で一番幸せな男になれた。

  St. Valentine Day


2003.01.23
バレンタイン企画小説、乱馬視点です。
チョコケーキの箱、甘い香りがするのか甚だ疑問ではありますが、「みりんの香りが・・・」とは書けませんでした・・・。
やっぱり文章が若くて恥ずかしい。