今夜は二人きり

「じゃあ、戸締まりはしっかりね」
「行ってきます」
「ったくー、なんであたしまで・・・」
「行ってらっしゃい!」

おふくろ、かすみさん、それになびきの言葉にあかねが答える。
門の先まで見送っているあかねの姿は、玄関にいる俺には見えない。

「乱馬くん、あかねをよろしく頼むよ。何かあっても・・・もちろん責めないから」
「な、何かって、何だよっ!!」
「乱馬よ、据え膳食わぬは男の恥ぞ」
「あのな〜・・・!」

おじさんと親父のいつもの様子に俺は呆れながらも、心の奥底を見透かされないように必死になる。
なんせ今日は・・・・・・。

「もう、すぐ真に受けちゃって。ばっかじゃないの?」
いつの間にか戻ってきていたあかねが、玄関をふさいでいる二人の後ろで俺に悪態をつく。
「んだよっ、可愛くねーな!」

おまっ、今日がどういう日だかわかってんのか!?

「ま、二人とも仲良く。じゃ行ってきます」
おじさんが笑顔であかねの肩に手を置くと、親父と一緒にそのまま出掛けていった。

「「・・・・・・」」
二人の間に訪れる沈黙。
あかねは親父たちの姿が完全に見えなくなると、盛大に溜息をついた。

「まーったく。うちの家族は何考えてんだか。ねえっ?」
「お、おうっ」

玄関の引き戸を閉め、草履を脱いで俺の真横を通り抜けたあかね。
ふわりと揺れた髪からはいつものあかねの香りがする。
そんなちょっとしたことにも意識しまくりな俺。

なんせ今日は・・・一晩中誰もいないんだから。

多分、仕組まれたんだろうけど。
いや絶対仕組まれたんだろうけど。
おふくろたち三人は、婦人会の旅行。
親父たちは、隣町の町内会との合同会議、そして明け方まで飲み会。じじいも一緒らしい。

要するに、昼過ぎの今から明日の朝まで、この家は俺とあかねの二人っきり。

今までにも、こんなことは何回かあった。
でもその度に、俺もあかねも意地を張って、照れを隠して、悪態をついて。
俺はそうやって夜を過ごす度に、実はものすごく後悔していた。

でも性格上、こっちから素直になるのも難しいわけで。

今まで修行に明け暮れてきたけど、俺だって男だ。
そういうことを考えないわけじゃない。
今日こそは、今日こそはいい雰囲気を作る!!
雰囲気さえ作れば後は何とかなるはずだ!

「・・・何やってんの?」

妄想に耽っていた俺は、突然の声掛けに身体を過剰に反応させて振り返る。
どうやら、一度居間に行ったもののいつまでも来ない俺をまた見に来たようだった。

「いや、別に」
なるべく平静を装って答えた俺に、あかねは恐ろしい提案をし出した。
「今日の夕飯、どうする? あたし作ろうと思うんだけど」

げえっ!!
そ、それだけは勘弁してくれ!!
そんなもん食ったら夜がどーのという話じゃなくなる。
慌てふためいた俺に、あかねは眉をひそめた。
「何よ・・・あたしの手料理は食べたくないってわけ?」

まずい・・・ここで怒らせたら一巻の終わりだ。
焦る頭で俺は考える。

「いやそういうことじゃなくて・・・あ、あかねを連れて行きたいなって店があって・・・」
「店? あんたが?」
「そうそう。この前ひろしたちに教えてもらったんだよ。雑誌にも載ったことあるから、あかねを連れて行ってやれよーって」

く、苦しかったか・・・。
あかねは一瞬俯くと、パッと顔を上げた。
「ほんと・・・?」

その顔はまさに今花が開いたような、笑顔。
か、可愛いじゃねーか・・・。

「じゃあ、着替えるね! 出掛けるのは夕方からでいい?」
俺が曖昧に頷くと、あかねは駆け足で階段を上がっていった。

そんなに嬉しいのかよ。
もっとどっか連れて行ってやらなきゃな・・・。


数時間後。
俺が道場で汗を流して居間に戻ってくると、時計は17時半を示していた。
風呂に入って、18時前。

いくらなんでも遅くねーか?
何やってんだ・・・そう思ったとき、あかねが階段を下りる音がした。

居間へ入ってきたあかねは、見たことないワンピースを着ていた。
ふわりと揺れるレースの裾。
恥ずかしそうなあかねの表情。

それはもしかしてもしかしなくても俺のためのオシャレ??

一気に顔の温度は急上昇。
「どうかな・・・?」

そんな素直に聞かれても!
なんでこんな時だけそんな可愛い目するんだよ!!

「べべべつに・・・いいんじゃねーか?」
そっぽを向いて答えた俺の耳に
「そっ、か・・・」
寂しそうなあかねの声。

慌てて横を向いたまま
「いやっ、お、俺は十分可愛いと・・・」
と言いながらちらっとあかねを見ると、彼女はますます恥ずかしそうに俯いた。

くーっ、可愛い!
ってか俺、本人に可愛いって言えるようになったじゃねーか!
呪泉洞から帰ってきて以来ちょっとずつ努力が実ってんな!!

「い、行くぜっ」
「・・・うん」

先に玄関に向かい、靴を履く。
門を出ると、あかねは歩きにくそうにミュールで追いかけてきた。
あかねは嬉しそうにはしゃいでいろいろなことを話す。
俺は相槌を打ちながら歩調を合わせる。

たまたまひろしたちに教えてもらってて良かったー!!
教えられた通りの道順で行くと、着いた先はイタリアンの店。

中に入って、食事をする。
値段も手頃だったし、雰囲気も良かったし。
帰り道、行きよりもずっとゆっくりした歩調のあかねは、何もしゃべらない。
街灯に照らされた彼女の下向きな顔が、ほんのり赤らんでいるような・・・。

俺も黙って家まで歩いた。
手をつなぎたかったけど、無理だったからせめて真横を歩いた。
フェンスの上でもなく、一歩先でも後でもなく、あかねの隣を。

帰宅して、俺たちは黙ったまま居間へ行った。
どちらからともなく、少し距離をあけて座る。
普段はみんなで食卓を囲むこの空間が、こんなに静かだなんて嘘みたいだ。

「テ・・・テレビでもつけよっか!」
わざとらしいほど明るく言ったあかねの言葉に、俺は
「いや・・・いいよ」

そう答えると、意を決してあかねの側へ行った。
正面から両肩を掴むと、彼女の身体がびくっとした。

俺はそのまま、彼女を引き寄せて・・・唇に・・・・・・。

「ちょっ・・・ちょっと待って!!」

あかねの大声に俺はびくっとした。
潤んだ瞳で俺を見つめる彼女。
な、なんだよ・・・。

「そ、その前にっ・・・。乱馬・・・あたしのことどう思ってるの?」

え。

「なななにが・・・」
「聞きたいの。乱馬の口から・・・はっきり、聞きたい」

そ、そんなこと言われても。
心の準備というものが!!

「お、俺は、お前のこと・・・」
ごくりと喉が鳴った。
あかねも俺から目を離さない。
「お前のこと、す、す・・・す・・・」

だーっ!
やっぱ言えねー!!!
言えるわけねえ!
そんな恥ずかしいこと!!

俺は俯いてしまった。
あかねはその様子をじっと見ている。
見るなよ・・・見るなって・・・。

沈黙が続く。
俯いている俺と、俯いてしまったあかね。

「・・・もう!!」
沈黙を破ったのはあかねだった。
瞳には少し涙が浮かんでいる気すらするが、今の俺はあかねを真っ直ぐに見られない。

「言ってくれなきゃ、知らない!」
そう言って立ち上がったあかねに
「おいっ、どこ行くんだよ!」
と問うと
「部屋に決まってるでしょ!? 寝るのっっ! いっ言えるようになるまで・・・絶対入ってきちゃだめだからね!!」

あかねは言葉に詰まりながらもそう叫んで、階段を駆け上がり部屋に入ってしまった。
勢いよく閉まったドアの音を聞き、俺は呆然とした。

一人残された居間で、言えなかった自分を責めた。
俺って・・・俺って・・・。

そうして俺は一晩を過ごしたのだった・・・。
翌朝、一睡も出来なかった俺は、むしゃくしゃした気持ちを抱えたまま道場で汗を流し、帰ってきた親父たちに八つ当たりしまくった。

そして、あの時あかねが言った言葉の裏を返すと「言えれば部屋に入ってもいい」んだということに気付いたのは、数日後だった・・・(泣)


2006.08.31
みかんさまに大学合格のお祝いとしてお贈りしたものです。
リクエストは『へたれな乱馬がメインだけど、ちょっぴり甘い乱あ』。

ヘタレ乱馬を書いたのはこれが初めてです。うちの乱馬さまはエセかっこつけなもので・・・。
上手くヘタレさせられているのか分かりませんが、自分的にはいつもと少し雰囲気が変わって楽しかったです。