螺旋

いつからだろう。
俺の心に余裕がなくなったのは。
ぐるぐる回り続ける俺の想いはまるで螺旋。
出口が見えない。
ただひたすら回り続ける君への想い・・・。


ある日の体育の時間。
男子は外でサッカーをしていて、女子は体育館でバレーをしていた。
俺がちょうど試合を終え休憩していた時に、体育の開始時間からずっと姿を見ていなかった五寸釘が、青い顔をしてやってきた。
やつがどこに行っているか想像がついていた俺は、すぐに五寸釘に詰め寄った。
「・・・おい。何かあったのか?」
「べべべつに・・・」
五寸釘はそう言って俺から目をそらした。
俺はそれ以上やつの言葉を求めずに、体育館へ急いだ。

俺の想像通り、あかねが試合中怪我をしていた。
足をひねったらしく、右足を引いて歩いている。
どうやら、五寸釘が性懲りもなくまたあかねの写真を撮っていて、そのフラッシュのせいもあるらしかった。
以前にも同じようにカメラのフラッシュのせいであかねを入院させたことがあるにも関わらず・・・そう思うとやつに対する怒りが膨らんだ。

俺は、体育館の奥の方にいるあかねの側へ行こうとしたが、
「大丈夫! 東風先生に診てもらうから」
心配する周りの女子に笑顔でそう答えたあかねを見て、行くのをやめた。
そして、気付かれないうちにその場を去った。

あかねの口から俺以外の男の名前が出ただけでもムッとするのに、その相手があかねの初恋の相手で、そいつの名前を笑顔で口にしたことにどうしようもなくイラついていた。


ここのところずっとだ・・・。
あかねのことになると、自分の気持ちがコントロール出来なくなってきている自分がいる。
ほんの少しのことに嫉妬して、イラついて。
でもあかねは悪くないとわかっているだけに、あかねに当り散らすわけにもいかず、悶々とストレスを溜める日々が続いていた。

あかねはその後、早退して小乃接骨院に行ったらしい。
保健室の先生が車で送ってくれたようで教室に戻ってくることもなかったので、クラスメイトたちには当然「行かなくていいのー?」などひやかされたが、俺はいつも通りの時間に帰宅した。
家に帰ると、当然あかねがいて「おかえり」と声を掛けてくれたが、俺は「ああ」と答えることしか出来なかった。
そのまま道場へ行って稽古をした。


夕食後、先に席を立った俺をあかねが追いかけてきて、階段の前で声を掛けられた。
「乱馬・・・一週間後は中間テストだよ?」
「・・・・・・」
「勉強見てくれって、前に言ってたじゃない。もういいの?」
「あ、ああ・・・」
一瞬の間に、いろいろな想像が俺の頭をよぎった。
でも、どれもそれ以上考えたくなかった。
考えるのが怖い気がした。

「あ・・・今日はパス」
それだけ言うと、俺は風呂場へ向かった。
あかねは、何も言わなかった。
俺の姿が完全に見えなくなった後、静かにあかねが2階に上がる足音が聞こえた。
俺は、ホッとしたような残念なような気持ちを抱えて、風呂に入った。

湯船につかりながら、ずっと考えていた。
今の態度はまずかっただろうか・・・。
せっかくあかねが誘ってくれたのに、またそっけない態度で返してしまった。
よし、風呂から上がったら、勉強を教えてもらおう。
それ以外のことは考えない。
あかねは俺が勉強するとなったら喜んで教えてくれるだろう。

風呂から上がると、俺はゆっくりと2階へ上がった。
やっぱり少し緊張する・・・が、深呼吸してコンコンと軽くドアを叩いた。

しばらく待つが、返事がない。
俺はそっとドアを開けた。
あかねが机にうつ伏せている姿が目に入った。
どうやら、勉強しながら眠ってしまったようだった。
俺が扉を閉めて近づいても、反応を示さない。
瞳を閉じていても、可愛らしい顔。
その無邪気な寝顔は、俺を余計切ない気持ちにさせた。

我慢の限界はとうの昔にきていた。
それでも俺は彼女に手が出せない。
好きで好きで、好きすぎるからこそ、手も足も出ない。
切ないほど、この子しか見えないんだ。

・・・こいつ、絶対わかってないよな・・・。

俺はあかねをそっと抱えてベットに寝かせた。
あかねは仰向けになって尚静かな寝息を立てている。
俺はその様子に、思わず溜息をついた。


いつ頃からだろう・・・あかねに「可愛くねえ」と言えなくなったのは。
俺らはいつも他愛のないことでケンカして、その度に平気であいつに悪態をついて、よく怒らせていた。
近頃、それがなくなってきて・・・。
あいつも怒らなくなったし、俺も言わなくなった。
言わなくなるとケンカも減って、ますますあかねを『可愛い』と思うことが増えた。

はにかんだような笑顔。
輝く笑顔。
憂いを帯びた表情。
泣きそうな顔。

全てが可愛くて愛しくて、そうなると余計に悪態なんかつけなくて・・・。
俺は何度もあかねを抱きしめたい衝動に駆られた。
でもあかねは俺のそんな気持ちに全く気付く様子もなく、今までと変わらず俺に接してくる。
それが『嫌』だと感じている自分がいる。

もうこれまでの関係より一歩進んでも・・・そう思うと俺の妄想は膨らむばかりで、あかねが聞いたら激怒しそうなこと、軽蔑しそうなことまで考える。
そんなことをしたら嫌われる・・・。

だから、ああいう態度をとるしかなかった。
今の俺は、あかねに悪態をつくことも優しい言葉を掛けてやることも出来ない。
なんて曖昧なんだ・・・。

自分の気持ちを押さえ込んで、部屋を出ようとしたその瞬間、
「・・・ら・・・んま・・・・・・」
俺はびくっとして、ドアの前で立ち止まった。


そうやってお前は、俺がここから出ることすら許さない。
たとえ寝言でもそんな風に呼ばれたら、俺がどんな気持ちになるか、少しは考えてくれたらいいのに・・・。

俺は、部屋から出ることもあかねの側へ戻ることも出来ずに、しばらく立ち尽くしていた。
ぐるぐる回る思考。確実に速くなってゆく鼓動。

“嫌われるってわかっていても側にいたい”
そんな考えが頭に浮かんだとき、
「ん・・・」
少し身じろぎして、彼女は目を覚ました。
「あれ・・・・・・乱馬・・・いたの?」
「あ、ああ・・・」
「何・・・って、もしかして勉強しに来たの?」
「ああ・・・」
「あたし・・・たしか机で勉強してて・・・。乱馬、運んでくれた?」
「ああ・・・・・・」
あかねは完全に目が覚めたようで、大きな瞳をパッチリと開くと、怪訝そうに眉をひそめた。

そして、一回大きく息を吸い込むと、吐き出すようにこう言った。
「乱馬・・・最近何か変だよ」
「変・・・? どこが」
「どこがって・・・そのよそよそしい態度とか! いつも不機嫌そうにムスッとしてるとことか!! こんななら・・・前みたいに『可愛くねえ』って思いっきり言ってくれた方がずっといい! あたしに何か不満があるなら・・・はっきり言ってよ!!」
あかねは顔を真っ赤にして叫んだ。
その顔は今にも泣き出しそうだ。

俺が表情を変えずに黙っていると、今度はとても小さな声で、
「あたしが嫌いになったの・・・?」
そう言った。
その下を向いた泣きそうな表情に、震える声に、俺は思わず呟いた。

「言ったら・・・解放してくれるのか?」
「え・・・?」
あかねにはよく聞こえなかったようできょとんとしている。

「言ったら、なんとかしてくれるのか?」
俺は、今度はあかねに聞こえるようにはっきり問いかけた。
「もちろん! あたしに出来ることならなんだって・・・」
そう言いかけたあかねの顔が曇っていく。

何故なら、俺が急にあかねの間近に行ったから。
「なあに・・・?」
多分、あかねは俺の突然の行動に戸惑いを感じている。
でも今の俺は、もうそんなことを気遣う余裕もなかった。

あかねが思わずあとずさると、あかねの背中は壁についた。
俺は、ゆっくりと壁に左手をついた。
あかねの顔の真横に。
「お前が可愛いからいけないんだろ・・・」
今まで溜めてきた“可愛い”を全て吐き出すようにそう言うと、俺はあかねに顔を近づけた。


回り続ける俺の想いも、苦しみも、あかねなら救える。
あかね。
俺の唯一無二の存在。
俺をこの螺旋から解放してくれ・・・。


2005.07.21
前サイトにて5万打キリリクして下さったelleさまにお贈りしたものです。
リクエストは『乱馬視点の切ない話』。

当時ものすごく悩んで、結果こういう形になりました。
この辺りから、少しずつ鬼畜・溺愛乱馬さまの登場回数が増えていったような・・・。
いつもサイトに来て下さる皆様、本当にありがとうございます。
これからもどうぞ末永くよろしくお願いいたします。