だってキミは僕のもの

「・・・ごめんなさい」

天道あかねは、ことさらに平静を装って答えた。
相手の瞼が震えたのを、見てしまったから。

「・・・あいつがいいの?」
伏せ目がちに問われたその質問に、あかねは真っ直ぐに答える。

「ええ」
そうすることが、相手への唯一の誠意だと思うから。

あいつ、が誰のことかなんて、聞かなくても、言わなくても、分かってる。
全校生徒が認める、彼女の『許婚』。
皆、あかねに恋い焦がれても、そいつに勝てはしないと悟っている。

それでも、伝えたい想いがあった。

「・・・っ、天道さん・・・!!」

突然近付いてきた相手に真正面から両腕を掴まれ、あかねは身構えた。
瞬時に蹴り飛ばすことも出来たが、相手は普通の男子。ここはあくまで冷静に、相手の目を見て「離して」と伝える。

その凛とした表情に、自然に相手の手はあかねから離れた。

「君に、気持ちを伝えたかった。ただの自己満足なんだ」

目を合わせることなく教室を足早に出て行ったその人物を、あかねは最後まで目を逸らさずに見送った。


気持ちが届かないのは、辛い。
それでも想い続けるのは、苦しい。

その痛みは、よく分かる。

でも向けられた好意に答えることは出来ない。


あかねは重い気分のまま、帰路に就いた。


『天道あかねが、その元来の可愛さに加え、色気も備わって、今彼女に近付くとどんな男でも虜になってしまう』

そんな噂が流れ出したのは、数週間前のことだった。

その噂は校内どころか他校にも知れ渡り、当然本人の耳にも入るところとなったが、当人にその自分の変化を感じ取れるはずはなく、妙な噂だと笑うしかなかった。

しかし実際のところ、最近自分に直接告白してくる人間が増えたのは確かだ。

そしてあかねは、その男子たちの話を聞いた上で、きちんとお断りしていた。

昔、毎朝男子生徒に告白もとい闘いを挑まれていた時には、相手の男子の気持ちなど考慮していなかったし、考える気もさらさらなかった。

だが、彼女は変わった。
ここ数ヶ月の、大きな変化によって。


足早に帰宅したあかねが着替えるため自室に入ると、薄暗い室内に誰かがいるのを感じ取った。

「!?」

しかしその気配が自分のよく知る人物だとすぐに分かり、安心して声を掛ける。

「乱馬? どうしたのよ、こんな薄暗い部屋で。電気ぐらい点ければいいのに」

そう言いながらあかねは明かりを点けて、カバンを机の上に置いた。
乱馬は、彼女のベッドに腰掛けていた。

「・・・ああ。なんかボーッとしてた」
「大丈夫? 具合悪いの?」
「いや。・・・遅かったな。どこ行ってたんだ?」

あかねは答えに逡巡した。
しかし不自然にならない程度の間で返答する。

「うん、さゆりと、ちょっとね・・・」
「へぇ・・・あっそう」

さほど興味もなさそうに、乱馬は答えた。

「そういえば」
そのままのトーンで、彼は続ける。

「B組の・・・何て言ったっけ・・・サッカー部主将でやたらと女にモテるって噂の」
「? う、ん?」

急に何の脈絡もなく始まった話に、あかねはきょとんとする。

「あいつ、すげー一途なんだってな。どんな可愛い女子に言い寄られても、自分が好きな子はたった一人だ、たとえその子が振り向いてくれなくても、絶対諦めない、って公言してるらしいじゃねーか」
「・・・・・・」

その、今乱馬が話をしている彼に、あかねは先日告白されていた。

しかし乱馬に余計な心配を掛けたくなくて、その手の話は一切彼にはしていない。
だから、今日のことも嘘を吐いたのだ。

なのに、このタイミングで話を切り出されるということは、彼は自分がその人物と何かあったことを知っているのだろうか。

あかねの背中に、嫌な汗が一筋流れた。

「あかね、やたらとそいつに話し掛けられてたよな。朝登校してすぐとか、休み時間とか」
「うん・・・」
「でも」
「?」
「最近、話し掛けられることなくなったんじゃねー?」

・・・そういえば、一時期よく近くにきていたその人物を、最近は見ていない。
いや、遠巻きに目に入ることはあるが、向こうが近付いてくることがなくなった。

告白を断ってからもしばらくは変わらぬ態度でにこやかに接してくれていたため彼のことを気に掛けておらず、気付かなかったが。

「そういえば、そうね・・・。最近は部活の大会が迫ってて忙しい、とかじゃないのかしら?」

何気に言った一言だったが、次の瞬間乱馬が盛大に溜息をついたので、的外れなことを言ったのかと不安になった。

「な、なによ」
「いや?」
「なにってば。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」

乱馬はもう一度、大げさに溜息をついてみせた。

「・・・お前、鈍いもんな」
「何が?」

スッと立ち上がって近付いてきた彼に、何故かビクッとする。

「おれに対する嘘も、堂々と他の男の匂いつけて帰ってきたってのに、『さゆりとちょっと』だもんな?」
「・・・・・・っ!?」

先程の彼は、香水などつけていなかったはずだ。
自分は匂いなど何も感じなかった。
それに、接近したのもほんの一瞬。

「おめーに、変な匂いが混じってる」

乱馬は、クン、と一度鼻を吸うと、あかねの考えを見透かすように言葉を続ける。

「言わなければ、バレないとでも?」
「・・・っ」

しんとした部屋の中で、自分の動悸が急激に激しくなったのを、あかねは嫌というほど全身で自覚していた。
痛いほど耳に響く心臓音。
全身から汗が噴き出す。

しかし、それを乱馬に知られたくなくて、悟られたくなくて、気丈に振る舞った。

「違う、今日のことは、心配掛けたくなかったから」

そう言いながらも、あかねはまともに乱馬と向き合うことが出来ず、結果目を逸らしてしまった。
理由がなんであれ、乱馬に嘘を吐いたのは事実で、そのことがあかねの心を痛めていたから。

彼がその態度で、ますます猜疑心を深めてしまうことなど知らずに。

「なあ」
「なによ」
「呼び出されたの、今月何度目だよ?」
「・・・」

人間、こういう時には、自然と回数を自分の都合の良い方へ、ほんの少し調整してしまうものだ。

「え・・・っと、4・・・か5回目、かな・・・」
「6回目だっつの」

「・・・・・・!」

自分でさえきちんと把握していないその数を、さらりと口にする彼。

「・・・適当に答えただけか、わざと数減らして言ったか・・・どっち?」
「よ、よく考えてなかっただけよ」
「・・・」
「それよりっ・・・着替えるから、そろそろ出てってくれない?」

あかねは既に、彼の静かな雰囲気に気圧されていた。
これではまずい。
一度間を置いて、冷静になってからきちんと嘘を吐いたことを謝ろう。
激しく脈打つ心臓を抑えながら、次の言葉を言おうとした。

が。
それは、彼と目を合わせた瞬間飲み込まれた。

口調はむしろいつもより穏やかなのに、瞳が凍ったように冷たくて。

冷たい微笑みにぞくりと背筋が凍った。
微笑んでいるのに、目が笑っていない。

「乱、馬・・・」

思わず名前を呟いた。

そういえば。
全く伝えていないはずの告白された数を、何故彼がきっちりと把握しているのか。

考えるより先に、乱馬がボソリと言う。

「お仕置きが必要、かな」

あかねは耳を疑った。
しかし、心は否定していても身体はすでに逃げ出そうと後ろへ下がっている。

「逃がすかよ」
乱馬は左手であかねの右腕を掴み、乱暴に引き寄せた。

「・・・・・・っ!?」
右手でぐいっと顎を持ち上げる。

「な、なななにすんのよっ」

変な姿勢を取らされても、強気な態度は崩さないあかね。
澄んだ瞳が、乱馬を間近で見上げる。

「るせー」
「ふっ・・・ん・・・!」

乱馬は、彼女の唇を食べるように一度口に挟み、直後歯で思いっきり噛んだ。

「いっ・・・!」
突然の痛みに顔をしかめたあかねに許しを乞うように、今度は噛んだ部分を舌先で舐める。
そうして緩んだ口元を舌で割って、咥内へ侵入した。

「・・・んっ」
逃げる舌を捕らえ、蹂躙する。

「んん・・・ふっ・・・んぁ・・・」

上顎、歯列、下顎・・・と丁寧に咥内の全てを舐め回す。
あかねの身体から徐々に力が抜け、乱馬に寄りかかる。

「もっと、力抜けよ・・・」

角度を変えて、深く舌を差し込む。
お互いの唾液が混ざり合って、口の端から零れていく。

乱馬がそっと目を開けると、あかねの恍惚とした表情が窺いしれた。
見られていることに気付き、彼女もゆっくりと目を開ける。

「乱・・・馬ぁ・・・」

潤んだ瞳で、彼を見た。
身体はすでに火照り始め、その先を望んでいた。

『彼が好きで、彼以外には何もいらない』
『早く続きをしてほしい』

ぼんやりとしたあかねの頭の中には、さっきまでのやりとりが全部消え失せて、そんな刹那的な考えが浮かんでしまう。

これが、彼女が変わった証拠。彼らの関係が変わった証。

「これからは・・・どんな野郎相手にも、絶対について行くなよ」

乱馬はあかねをそっと抱き締めて、耳元で囁いた。
吐息がかかり、あかねの身体に甘い痺れが奔る。

「・・・・・・」

ボーッとしている彼女の耳朶をそっと噛んで、しばらく舌で耳を弄ぶと、優しくもう一度問うた。

「・・・な?」
「・・・、うん・・・」

確かな肯定を耳にして、乱馬はあかねの頭をゆっくりと何度も撫でた。

清廉潔白な彼女が陥落した瞬間。
自然に口の端がゆるりと上がってしまった。
この新雪の野原を踏み荒らすような快感は、当分止められそうにない。

その後二人は、時間の許す限り二人だけの世界に浸った。


2015.02.03
みづさまへの贈り物。
リクエストは「ヤキモチドS乱馬(糖度低め)」だったのですが・・・。
糖度高くないかコレ(><;;)

鬼畜乱馬さまにするからには、今までで一番!(当社比)って感じにしたかったのですが、なんかもう怖いですよね、うん(涙)
でもその「書かれていない部分」をいろいろと想像して頂けたら嬉しいです(^^)v
みづさま、本当にありがとうございました!&遅くなってごめんなさい(><)