いねむり

その日、俺はバスケ部の助っ人をまた頼まれて、試合のための練習に出ていた。
俺は試合だけ参加すると言ったのに、部長から、自分たちが試合当日どう動いたらいいのかみるために一度だけでも練習に参加してほしいと頼み込まれて、しぶしぶ練習に付き合うことにした。

別に身体を動かすのは嫌いじゃない。
けど、放課後助っ人をしたりするとあかねと一緒に帰れない・・・って、そんなことどうでもいいんだけど。
一人にすると何しでかすかわかんねーし、帰宅途中も俺がいないと変な虫がかなり寄ってくるし・・・。
かと言って「練習終わるまで待っててくれ」みたいなことを、俺が言えるわけもなく。

特に今日は、朝些細なことでケンカして、別々に学校に来た。
別々にというか、俺があいつの後ろを走っていると
「ついてこないでよ!!」
という冷たい一言が浴びせられたので、
「ああ、そーかよ」
と言い返して一気に追い抜いてきてしまった。

それもあって、今日は一日中クラス内でも険悪なムードだったから、俺はHRが終わるとすぐにバスケ部の奴らに「行こーぜ」と声を掛けて、あかねには何も言わずに練習に来てしまった。
もちろん、気にならなかったわけじゃない。
でも、なんて声を掛けたらいいか分からない俺にとって、今日の用事は好都合だった。

仲直り出来ていないイライラと、あかねは無事に家に帰っただろうかという心配を吹き飛ばすように、俺は練習に励んだ。

日が落ちかけ、体育館のライトが灯されてしばらくすると、練習は終わった。
部員たちが片付けや掃除をする中、俺は部長に「お疲れ」とだけ声を掛けて、体育館を後にした。
カバンをとりに教室へ戻る。

帰ったら、あかねになんて言おう・・・。
また、ケンカになるのかな。

そう思いながら教室のドアを開けた俺は、開けた瞬間その場に立ち止まった。

電気も点いていない、薄暗い教室に人の気配。
その気配が誰のものであるか、俺は嫌というほど感じることが出来た。
それは、俺がこの世で一番敏感に感じる気配だったからだ。


illustrated by かえるさま


俺は、音も立てずにあかねの側へ近寄った。
あかねは、教室の奥の方の、自分の席でうつぶせていた。
すうすうと規則正しい寝息。

お前な・・・。
来たのが俺じゃない男だったらどうするんだよ!?

あまりに無防備なあかねを心の中で責めてみるものの、当の本人は全く気付く様子もなくすやすやと眠っている。

大体、なんでこんなところに一人でいるんだ?
まさか、俺を待ってた・・・とか?
自分に都合の良い解釈をした後、そんなことはないと首を横に振ってみる。
もしそうだとしても、待っていたのは言いたいことが山程あるからだとか・・・。

ぼんやりと考えていたら、ふいに声がした。
「ら、んま・・・?」
ドキッとした。

今、俺の名前、呼んだ・・・?

「乱馬ぁ・・・」
今度ははっきり聞こえた。
俺は、瞬時に顔が赤くなったのが自分でもはっきりとわかった。

なんでそんな可愛い声で、俺のことを呼ぶんだよ。
なんでそんな切ない表情で、俺の名前を口にするんだよ・・・。

俺は胸がいっぱいになった。
あかねが可愛くて仕方がない。
思わず顔を近づけると、唇が、ムニャ、とほんの少し動いて。
俺は、その唇に吸い寄せられるようにさらに近付いて・・・。

お互いの唇が触れ合いそうになった瞬間、
「ん・・・」
あかねがかすかに身じろぎしたので、俺はそれに驚いて思いっきり後ろへ下がり、勢いあまって後ろの机にぶつかってしまった。

「うーん・・・?」
派手な物音に、あかねが両腕を伸ばしながら頭を起こした。
俺は、どうしたらいいのかわからずに、体勢を整えて立ち上がるのが精一杯だった。

「乱馬・・・? ごめん、あたし寝ちゃってた?」
「あ、ああ・・・」
「すっかり暗くなっちゃったんだね。乱馬の顔、見えない」
言われてみれば、辺りはすっかり暗くなっていて、もはやすぐ近くにいるあかねの顔もあまり見えない状況だった。

「お前・・・こんなところで何してたんだよ?」
動揺を隠すために強がった俺の言い方とは反対に、あかねはゆっくりと答えた。
「・・・待ってたの」
その言葉に、俺はドキンとしたけど、平然とした顔で続けた。
「誰を・・・?」
「乱馬を。・・・仲直りしたかったから」

そこまで言われてしまっては、もう俺は返す言葉がない。
あかねには見えないはずの、赤くなった顔を押さえ、俺は黙り込んだ。

ひと時の沈黙。
先に口を開いたのはあかねだった。
「乱馬・・・?」

気配が近付いたと思ったらすぐ目の前にあかねの顔があった。
暗くても見えるほど近いあかねの顔は、不安そうな表情をして俺を見上げている。

俺は、目の前にある身体にそっと手を伸ばし、抱きしめた。
あかねの身体は、一瞬硬直したけれど、今の状況を受け入れてくれている。
何故こんなにも愛しい子を、心無い一言ですぐに傷つけてしまうんだろう。

「・・・・・・ゴメン」
「ううん。あたしこそ・・・」
ほんの少し素直になれば、こんなにも幸せな時間が過ごせるのに。
俺はそっと、あかねの顎に手をかけ・・・。

「お疲れー!!」
「おう! お疲れ!」

急に廊下から声がしてきたので、俺はもちろんあかねもびくっとして、パッとお互いに離れた。
声はそのまま通り過ぎてしまったけど、俺は恥ずかしさとチャンスを逃した悔しさで頭を抱えた。

「乱馬・・・帰ろう?」
あかねが照れくさそうにそう言ったので、俺は
「・・・おう」
とだけ返事をして、教室を後にした。

帰り道は、いつものように他愛もない話をしながら帰ったけれど。
二度もチャンスを逃した割には、俺の気持ちは明るかった。
あかねの可愛い寝顔が見れたし、夢の中でもあんなに切ないほど俺のこと考えてくれてるなんて・・・そう思うと、自然に頬が緩んでしまうのだった。


2005.06.12
かえるさまのサイト「魂のいちばんおいしいところ(閉鎖済)」に相互リンクのお礼と、サイト1周年のお祝いを兼ねてお贈りしたものです。
リクエストはかえるんの大好きな『いねむり』。

差し上げたら、なんと相互リンクのお礼にとこの小説の挿絵を下さり、当時自分が書いた小説に挿絵がついたのは初めてで、すごく嬉しかったのを覚えています。
眠っているあかねちゃんの無防備な様子、乱馬くんの照れた表情・・・この構図がまた絶妙!
そしてちゅーは出来ず・・・この寸止めこそがまさに乱あ。