花火と、キミと、キス。

8月上旬、夏休み真っ盛り。

今日は、少し遠くの町で、大きな花火大会がある。
なんとそこに、乱馬と出掛けることになっていた。

あたしは以前からその花火大会が気になっていて、行ってみたいなと思っていた。
夏休み前、教室でゆか、さゆりと雑誌の花火大会の特集記事を見て、花火いいよねってはしゃいでいて。

その日の帰り道、フェンスの上にいた乱馬が突然、
「・・・行くか?」
と言ってきたのだ。

「は?」
唐突すぎて何のことか分からず、聞き返す。すると
「さっき言ってただろ。・・・花火大会」

両手を後頭部で組んで、歩きながら何でもないことのように言った乱馬に、あたしは思わず「あんた熱でもあるんじゃないの」と言いかけて、慌てて口をつぐむ。

最近、分かってきた。
こういう時、あたしがそう返すと、乱馬は必ず「可愛くねーな! もーええわいっ」とか言って、前言撤回してしまうのだ。
『二人で行くの?』とか、聞きたいことがなかったわけじゃない。
けど、いろいろ言って、なかったことにされたら困る。
折角、素敵なお誘いを受けているのだ。

あたしは、乱馬の方を見上げて「うん」とだけ返事をした。
出来るだけ普通に言ったつもりだけど、頬、緩んじゃってたかも。

乱馬は、フェンスを踏み外し一瞬よろけた後、「おぉ」と呟いた。


そして、その後この話題に触れることなく、今日になってしまった。
大丈夫・・・よね? 乱馬、忘れてないよね?
今日は朝から道場で修行してて、どこにも出掛けてないみたいだし。

この日のために新しく買った浴衣。
おばさまが、着せてくれることになっていた。
あたしは不器用だから自分で着られない。
数日前いつものようにかすみお姉ちゃんに頼んだところ、ちょうどそこにおばさまが居合わせ、着せて下さることになったのだ。

おばさまの部屋・・・乱馬の部屋でもあるんだけど・・・に浴衣を持って入ると、男物の浴衣が出してありハンガーに掛かっていた。
これって、もしかして・・・。

「おばさま、これって・・・」
「乱馬のよ。着せてあげようと思って出したの。今日・・・乱馬と行くんでしょう?」
「・・・乱馬がそう言ったんですか?」
「いいえ、あの子は何も。ただ、ちょっと前からずっと浮き足立ってたから、あかねちゃんが花火大会に行くって聞いて、それでかと思って」

・・・おばさま・・・すごい・・・。

あたしは何も言うことが出来なかった。
にっこり笑うおばさまには、あたしの無言で赤くなった顔で、理解されたようだった。

「あかねちゃんに着せたら、乱馬にも着せてあげるわね」
そう言って、おばさまはあたしに浴衣を着付け始めた。

涼しげな変わり綿生地で、地色は濃い紫。
ブルーグラデーションの大きな花柄が印象的なデザインの浴衣。
ピンクの花唐草の帯で、少し可愛さをプラス。
同じ淡いピンクのリボンカチューシャも付けてるし、どうだろ。
大人可愛い感じに着れてるかな・・・。

おばさまは慣れた手つきであっと言う間にあたしの浴衣を着付け終わると、
「うん、あかねちゃん、本当に可愛いわ。乱馬も惚れ直すわね」
と微笑んだ。
「そんな、おばさま・・・」

惚れ直す、だなんて、乱馬がそう思ってくれるのかは分からないけど、可愛いって言ってもらえるのはやっぱり嬉しい。

「着付けして頂いてありがとうございました。乱馬呼んできますね」
照れながら言ったあたしに、おばさまは笑顔で手を振った。

乱馬は、修行の後シャワーを浴びたみたいで、ちょうどお風呂場から出て居間に来たところだった。

「乱馬」
うー、声を掛けるの緊張する。
なんか言ってくれるかな・・・。

思わず前髪を触りながら言ったあたしと、こちらを向いた乱馬の目が合った。

「・・・・・・」
一瞬の沈黙。やっぱ何も言ってくれないか・・・。
ってか、浴衣だってことも全く気にされてなかったりして・・・。

「おばさまが、探してたよ。お部屋にいらっしゃいって」
なんで探してるのか言えなかったから、端的に事実だけを伝える。

「おふくろが? おー、サンキュ」
濡れた頭をタオルで拭きながら部屋へ向かった乱馬を見て、溜息をつく。

あたしの浴衣について何もないのは仕方ないとして・・・乱馬、浴衣着てくれるといいな。
おばさまから言われたら断らないとは思うけど・・・。

もう一度、おかしなところがないかチェックしつつ、玄関で巾着を持って下駄を履く。

もう夕方だし、出掛けてもいいかな、と思うんだけど、なんか一緒に出るの恥ずかしいし、先に歩いていようかな?
運良くお父さんたちいないみたいだから、見つからないうちに出た方がいいし・・・。

でもそんなことして、もし乱馬が後から来てくれなかったら?
花火大会のことすっかり忘れてて、今頃おばさまに「なんで浴衣?」とか聞いてたら?

うーと小さなうめき声を上げて玄関をうろうろしていたあたしに、間近で乱馬の声が響いた。

「なにやってんだよ。行くぞ」

下駄を履いて先に玄関を出た乱馬は、さっきハンガーに掛かっていた、あの浴衣を着ていた。

しじら織りで黒地に白のタテ縞の入った、涼しげな浴衣。
角帯は白に近いグレイの生地に黒の献上柄で、髪はおさげではなく一つに緩くまとめていた。

か、かっこいい・・・なんて、悔しいから言ってやんない。

慌てて乱馬の斜め後ろを歩き出す。
今日はフェンスには乗らないよね、でも真横はなんだか恥ずかしい。
今日は、特に・・・。

緊張してほとんどしゃべれないまま、駅に着き電車に乗る。

電車の中はそこまで混んでなくて、空席もちらほら。
けど、ドアのところに二人で立った。

何をしようもなくて辺りを見回す。通学、通勤帰りの人、浴衣だから多分同じ祭りに行く人・・・いろいろだけど、さっきからこっちを見ている人がやたらと多いような・・・。

乱馬をチラッと盗み見る。
・・・どう見ても、今日はかっこよさ3割増よね・・・。

女子中学生たちがこっちを見て何かひそひそと話してる。

もー、見ないで。彼はあたしのなのっ・・・とは言えないけど、見ないでー・・・。

あたしが悶々としている間に、だんだん乗客が増えてきて、立っている人が多くなった。
目的の駅に着く頃には、ほぼ満員になっていた。
そのほとんどがあたしたちと同じ駅でなだれるように降りる。

あたしはドアの隅の手すり部分にいて、その前に乱馬がいてくれたから全然苦しくなかったけど・・・偶然、かな?

降りた駅から歩いて20分くらいのとこに、大会場所の河川敷がある。
そこまで黙々と歩いていたら、乱馬がふいに声を掛けてきた。

「具合でもわりいのか?」
「え? ううん! 全然!」
「なんか大人しくね?」
「そ、そう・・・?」

なんでか上手く話せないの・・・素直にそう言おうとした時、
「浴衣だからか? やめとけやめとけ、そんなんで急に女らしくはなれねーっての」
と言われた。

「なんですってえ!?」
「ま、寸胴にはちょうどいいってーか・・・」
「あんた喧嘩売ってんの!?」
「ばーか。かっ・・・可愛い、っつってんだよ」
「もー今更フォローしなくたっていいわよっ!」

どうせあたしは、寸胴で女らしくないわよ!!
鼻息を荒くして、巾着を振り回す。

「ったく・・・俺様のナイーブな本音は聞き流すのな・・・」
「何か言った!?」
「いや・・・元気出たか?」
「え? ・・・う、うん」
「じゃーなんか食おうぜ。おれ腹減った」
「うん!」

イカ焼き、焼きそば、串焼き、クレープ。
たくさん買って、二人でどんどん食べる。

うん、いろいろ考えるよりこういう方がやっぱり楽しい!

「このリンゴ飴は後で花火見るとき座って食べよーっと♪」
「・・・・・・」
とうもろこしをかじりながら歩く乱馬がボソッと呟いた。

「『虫』を気にしてたらキリがねえな・・・」
「虫?」
「んーにゃ。なんでもね」
はっきり聞こえなかったけど、虫嫌なんだ・・・。まあ、あたしもあまり得意ではないけど・・・。

夜店の通りを抜け、河川敷内の土手まで来ると、明かりが極端に少なくなり、人もぶつかりそうなほど近くにはいなくなった。

土手は階段状になって続いているから、みんな階段を椅子代わりにして座っている。

適当に座る場所を決め、たもとに入れておいた大きめのハンカチを出して下に広げる。
二人で腰掛けると、タイミング良く花火が打ち上がり始めた。

頭上で大輪の花が咲く。
大きな音と共に皆が同じところを見る。

「うわっ、すげー!!」
「すごーい!!」

音が身体に直接響いてくる。
色とりどりの花火は次々と打ち上がる。

「でけーっ!」
子どもみたいにはしゃぐ乱馬。
「・・・ふふっ」

「お、あれもいいな!」
中盤に入り、花火が変わり種になっても、乱馬は指をさしながらにこにこして見てる。

真横でこんなに笑顔の乱馬を見られるなんて、役得。
可愛い、なんて言ったら、怒るかなぁ。

「すげーな! 来年も絶対また来ようぜ!」
「えっ・・・・・・」

無邪気にはしゃぐ乱馬は、自分が言ったことにまるで気付いていない。

『来年も』
その言葉に、今あたしがどれだけ喜んでいるか、知らないでしょう?

来年も、あたしはあんたの隣にいていいの?
無自覚な言葉が、乱馬にとってあたしは『一緒にいて当たり前』な存在だと言われている気がして、頬が緩むのを抑えられない。

ああ、もう。好き。
この人が、好き。

「乱馬」
「あんだよ」
「このリンゴ飴、何かついてない?」
「んー?」

のぞき込もうと下を向いた乱馬の唇に、触れる。
一瞬だったけど、唇で。

illustrated by まつりさま

――――――!!」

乱馬は、顔を真っ赤にしてばっと離れた。
口元を手で隠すように押さえている。

そ、そんなに・・・イヤだった・・・?
あたしの心に陰りが差したその時、

「ばっ・・・!! お前なーっ! は、初めては、おれからって、決めて・・・・・・!!」

まくし立てるように乱馬がそう言った。

あたしは、一瞬ぽかんとして、・・・言い返した。
「初めてじゃ、ない・・・もん」

乱馬は記憶にないんだろうけど、あたしには、ある。
それに、乱馬は、あたしじゃない人も入れると、これで何回目よ・・・?

あ、ちょっと腹が立ってきた。

「〜〜〜おれにとっては、初めてなの! ちゃ、ちゃんと、自分の意志で、お前と・・・っ」

言って乱馬は耳やら首までますます赤くなった。

「・・・・・・!」
乱馬、あたしと、キスしたいって、思ってくれてるの?
や、やだ、そんな風に言われると、恥ずかしい・・・。

俯いてしまったあたしの両肩を、乱馬がぎゅっと掴んだ。
思わず、びくっとしてしまう。

「あ、あか、ね」
「・・・・・・」

乱馬が、頬から顎を包むようにしてあたしの顔に右手を添える。そしてそっと持ち上げる。

わぁ、顔が、近い! ってか至近距離でこの吸い込まれそうな黒い瞳と目を合わせるのは無理!

ぎゅっと目を閉じたあたしに、そっと口づけが降ってきた。

・・・が、唇に・・・というより、鼻と上唇の間、に?

「・・・・・・」
思わず、ふふっと、笑いが起きてしまった。

「な、な、なんだよ! しょーがねーだろ! お前が目つぶるから、おれも自然につぶっちまってっ・・・」

ますますおかしくて、あははと声を出して笑ってしまった。
「笑うなっ!」

乱馬は機嫌を損ねて、ぷいっと向こうを向いてしまった。

その時、これがフィナーレだぞ、と主張するように、一層大きな音が響き始め、頭上が明るくなった。

二人して、黙って空を見上げる。

ずっと花火は鳴り続けてたはずなのに、さっき、まるで音がなくなったかのように全然聞こえなかった。

乱馬と、初めて?の、キス・・・。

あたしは、真っ赤になる頬を両手で押さえ、乱馬と反対の方を向いた。

すると左手を取られ、ぎゅっと握られた。

身体も顔も花火に真っ直ぐ向けたまま、乱馬が言う。
「・・・後でリベンジだからな」
「・・・また今度ね」
「・・・!!?」

あたしも同じく花火を見ながら言う。
だって恥ずかしすぎるもん。もう一度あの雰囲気になるのは。

今は、これで十分幸せ。

つないだ手と手が温かいから。
ずっとずっと、離さないでね。


2014.06.13
まつりさまから頂いた素敵絵のお礼に、何か書かせて下さいと申し出て『花火大会での乱あ』とのリクを頂いてから早6年・・・6年て; あり得ない(ToT)
ずっと気になっていながらもう今更だろうと心にしまっておいたのですが、まつりさまともう一度繋がることが出来たので、遅すぎですが書かせて下さいとお願いして了承して頂きました。

『原作より一歩進んだ関係』ということで、一歩ならキス程度かと悩みつつ決定(笑)
初ちゅうっていろいろ考えられるけど、最初はあかねちゃんの方がちょっと大人な感じが自然なような? いや乱馬も勢いさえあれば・・・うぅぅぅん(^^;)

2014.07.11 追記
な、なんと、まつりさまから挿絵を頂いてしまいました・・・!!
猫乃が文章で書いた浴衣が、完っ璧に再現されて絵になって出てきたので、もうただただびっくり・・・!! 帯の柄まで完全にですよ!? すごすぎです!!
驚いた乱馬くんの表情、あかねちゃんの愛らしい顔、頭上の大きな花火・・・どれをとっても本当に素晴らしいです! ありがとうございましたっ(感涙)