わけのわからないこの気持ち(後日談)

「あんたこれで何回目よ? 先生のお世話になるの。怪我してばっかなんだから」
「お前だっておんなじだろーが!」
「あたしはねえ、ちょっとボールを踏みそうになっただけ・・・ってなんであんた知ってんのよ?」
「え、いや・・・なんでもねーよ!」

見てたから、なんて言えるか。

体育の時間、体育館を半分に分けて男子はバスケ、女子はバレー。
試合中、ふと隣のバレーコートを見た俺の目に映ったものは、アタックをしたあかねの足元に転がったボール。他のチームの女子がパス練習中に誤ってコートの中に入れてしまったものだったが、俺があっと思ったときにはあかねはその真上に着地して・・・上手くボールはよけたが、派手に転んでしまった。

大した怪我はなかったようだったが・・・そのことに気をとられていた俺は、自分が試合中だったことも忘れて、思いきり回ってきたパスボールを受け損ない、肘に当てたわけだ。

大した痛みじゃないが、ちょっと違和感がある。
放課後、一応東風先生に見てもらおうと思った俺が、そのことをあかねに告げた瞬間、掛けられた言葉がこれだ。
もうちょっと心配とか出来ないのかよ!?
大体誰のせいだと・・・。

い、言っとくが、たまたま目に入っただけだからな!!
見つめてたわけじゃねーぞ! 決して!!

本人を真横に、ぶつぶつ文句を心の中で言いながら、東風先生のところへ向かう。
あかねは、悪態をつきながら俺の隣にいる。

このまま、接骨院までついてくる気か?
先生に会っても辛くないのか・・・いや、逆に少しでも会いたい、とか?
この間「気持ちの整理がついた」って言ってたけど、そんな簡単に切り替えられるもんじゃねーだろうし・・・。

ちらっと隣を見ても、あかねの表情から何かを読みとることは出来なかった。
結局、そのままついてきたあかねと共に、接骨院に入る。

「やあ、乱馬くん。あかねちゃん。いらっしゃい」
いつもの柔和な笑顔で出迎えた東風先生。
俺も「こんにちは」と挨拶を返し、患者用の椅子に腰掛ける。
あかねも笑顔で挨拶しながら、俺の後ろに立った。

「先生。またこいつ怪我したんですよ?」
あかねが可愛くない口を叩くから、俺も振り向いて言い返す。
「だからー、誰のせいだと・・・!」
「誰のせいなのよ?」
間髪入れずに聞き返されると、言葉に詰まってしまう。
「・・・・・・」

一瞬の沈黙の後、東風先生が
「あかねちゃん。隣の部屋の本棚に青い表紙の本が一冊あると思うから、それを取ってきてくれないかい?」
と微笑んで言った。
「はい、いいですよ」
あかねは微笑み返して、すぐに隣の部屋へ行く。

俺はその雰囲気に多少ムッとしながら、肘を出す。
先生は動じることなくその突き出された肘に触れると、治療を始めた。

「・・・乱馬くん」
優しく名前を呼ばれ、思わず目の前の人の顔を見ると、目が合った。

「あかねちゃんはいい子だったろ?」
いつぞや言われた「あの子、やさしいいい子だよ」を思い出し、俺は素直に頷く。
「・・・はい」

すると先生は、更に穏やかに続けた。
「大事にしてあげなきゃね」

それをあんたが言うのか、その言葉が喉まで上がってきたが、こらえた。
短気な俺にしては、よく踏みとどまったと思う。

先生は大人だ。
多分、何もかもわかってる。
わかってて、今、俺にこの言葉を投げ掛けた。

きっと先生にとって、あかねは恋愛感情とは違うが大切な存在で、そんな彼女を俺にまかせるって?

受けてやろうじゃねーか。

俺は返事の代わりに、ニヤッと笑い返した。
先生にはそれで、充分らしかった。

帰ってきたあかねは「本が見当たりません」と困った顔をして言っていた。
先生はそれに対し「いいんだよ。ありがとう」と返した。

・・・やっぱこの人、食えねえなあ。


2006.08.24
若原麻子さまのサイト「Nocturnal Bloom」が5周年を迎えられたお祝いとしてお贈りしたものです。
リクエストは『初期の乱あで、東風先生が出てくる話』。

あかねが髪を切られた後の一場面を書いたんですが、書いた後に「原作をなぞらえただけだし、東風先生がほとんど出てない・・・」と全く期待に応えられていないことに気付き、後日談を書き足しました。
猫乃の中では、東風先生ってこういう人です。