ここから、はじまる(加筆修正版)

「俺も、今のあかねが一番・・・」

一番、何?
その続きが聞きたい・・・・・・。


桃幻郷という島での出来事から、早2週間。

あたしたちの生活は、すっかり元に戻った。
9月に入り、学校が始まって。

こうして授業を受けていると、まるであの騒動が全てひと夏の幻だったかのように、遠い過去に感じられる。


でもあたしには、リアルに残っている一言があった。

そう、それはとても幻になんか出来ない、大切な思い出。
本当は思い出になんかしたくない。

あの言葉の、続きを聞きたいって、ずっと思ってる。

ちらりと横を見ると、乱馬は隣の席でぐっすり眠っていて。
その寝顔を見て、あたしは小さく溜息をついた。


「今のままの乱馬でもいい」


あの時素直にそう言えてた。
そして、乱馬はそれに答えてくれた。
泉をつぶしてまで、あたしを守ってくれた。

それに・・・。
お姉ちゃんたちやシャンプー、右京が次々とさらわれた時、あたしが最後までさらわれなかったのは、乱馬が側にいてくれたからだって。乱馬があたしに掛ける『気』が強すぎて手が出せなかったって、サルトルさんがこっそり教えてくれた。

それを聞いて、あたしはますます期待してしまった。


だけど・・・今があまりにも前と同じで、同じすぎて、あれはあたしが見た都合の良い夢だったんじゃないかって思ってしまう。


乱馬に直接、あの時のことを聞きたい。


でもはぐらかされたり、嘘だったって言われたりしたら、もうどうしていいかわからない。

怖くて、聞けない。


そうして、さらに数日が経った。

「乱馬、待つね!」
「乱ちゃん、待ちや!」

今日も乱馬は、学校が終わったと同時にシャンプーと右京からデートのお誘いが来て、どこかへ飛び去っていってしまった。

あたしは、それを見て駆け足で家に帰ってきた。
道着に着替えて、裏で稽古に励む。


・・・本当に、何も変わってないんだな・・・。


何も変わっていない。
いいじゃないそれで、悪くなったわけじゃないんだから。そう思う自分もいる。

でも、やっぱり辛くて・・・。

あたしは、勝手にどんどん溢れる涙を、必死に手で拭うことしか出来なかった。


******


「ちょっとお話しませんか」

あのマセガキからそう言われたのは、島が日本に着く前日の夜のことだった。

なんとなく心当たりがあるおれは、ギクリとした。
でも平静を装って「おー」と答えた。


桃磨の部屋に通され、ソファに腰掛けるよう勧められたので、おもむろに座る。

しかし、最初の一言に、思わずのけぞった。

「乱馬さんは、何故あかねさんを愛しているのに、いつもああやって悪態をつくんですか?」

ぶはっ・・・・・・!!

出されたジュースを口に含んだ直後だったので、思い切り吹き出してしまった。

「あ、愛・・・っ?」
「そうです。だってあんなに必死であかねさんを取り戻したじゃないですか。僕に宣言したでしょう。『あかねは俺の許婚だ』って」
「あ、あれは・・・親同士が決めた許婚ってやつで・・・」
「あかねさんも、そう言っていましたよ」
「えっ」

自分はいくらでも憎まれ口を叩けるのに、あかねがそう言ってたと言われると、途端に胸に何かが刺さる。

「あかねさんに『僕と一緒にいてくれ』と言ったとき、そう言われました。その時は親同士が勝手に決めた許婚だという彼女の言葉を鵜呑みにしていた。でも今思えば、あかねさんは、最初から乱馬さんしか見ていなかったんです」
「・・・・・・」

「僕たちだけの秘密だと教えた泉の在処を、あっさりと貴方に教えたときははらわたが煮えくり返る思いでした。でも、あかねさんはきっと、その話を聞いたときから、貴方のことを考え、貴方に教えてあげたいって、そう思っていたんでしょうね」
「・・・・・・」

そうなんだよな。
あいつは出会った時からいつだって、おれの手助けをしてくれていた。そして、自分の身の危険も省みず、必死になってくれる。

『今のままの乱馬でもいい』

その言葉が胸をよぎる。

「だから僕は、身を引いたんです。お二人のお互いを想い合う気持ちが強すぎて、僕が入り込む余地はないと思ったから」

桃磨の真剣な表情に、圧倒される。


「でも、この1週間、お二人を側で見ていると、お二人はケンカばかりしていますよね。大体の原因は乱馬さんが他の女の子とベタベタしているか、あかねさんに暴言を吐いて彼女を怒らせているからのように見えました」
「ベタベタなんてしてねーっつの・・・」

「乱馬さんはそう思っていても、あかねさんはそうは思いませんよ。端から見ている僕でさえそう思うんですから。大体、なんであかねさんにだけいつもあんな言い方を? 他の女の子には普通に接してるじゃないですか」

んなこと、自分でも分かんねーよ。
あかねとは自然にそうなるっつーか、それが自然ってことでいいんじゃねーの?

「ああ、あかねさんにだけはああ言っていないと、どう接していいのか分からなくなるから、とか?」

グサッ。

「こいつのこと可愛いなー、とか、好きだなー、とか思い始めると、歯止めが利かなくなりそうで、自分に言い聞かせるように悪口を並べ立ててるとか」

グサグサグサッ。

「・・・子どもですね」
「お前に言われたくねー」
「乱馬さんがそんな態度だから、僕は最初、本当にただ水を狙っているだけなのかと思いました。なんで途中まであんなに水にこだわっていたんですか?」
「・・・・・・」

なんで男に戻りてーのか。
こんな体質になってすぐは、ただ意地になってた気がする。
オカマは嫌だ、とか、そういう理由で。

・・・でも今は。

完全な男に戻って、はっきりさせたいことがあったんだよ。
ちゃんとした男じゃねーと、気持ち伝えるとか、そういうことしちゃいけねー気がして。
真っ直ぐで、凛としてて、誰もオトすことが出来ない、汚すことが出来ないような存在に、中途半端なヤローが隣にいちゃ不釣り合いな気がして。
横に並んでも遜色のない存在でいたくて。

認めたくねーけど・・・自信がねーんだ。
格闘にはこれ以上なく自信のあるおれが、あかねに対しては。

「まあ、今の乱馬さん見てると、なんとなく分かる気がしますが。それにしても・・・。この1週間で、あかねさん、だんだん元気がなくなっているように思えました。僕に会えなくなるから、とかだったら嬉しかったんですけど・・・違いますよね?」

たりめーだ。

あかねの様子がおかしいのには、さすがに気付いてた。
あからさまに、落ち込んでいきやがったから。

「ちゃ、ん、と、して下さいね」
「ケジメつけろって言ってんのか?」
「そうです」
「・・・・・・」
「・・・乱馬さん」
「あーっ、わーった。わーったよ」
「約束ですよ。僕、日本であかねさんみたいなお嫁さん探す気ですから、後で様子見に行きますからね」
「お前・・・意外としつけーな」
「知りませんでした? 僕しつこいんですよ? あかねさんのことは、一応諦めたつもりですけど、乱馬さんがずっと煮えきらない態度なら僕の考えも変わるかもしれませんからね」
「・・・言っとけ」

そうして、あいつと約束したものの・・・やっぱりどうにも出来ないまま、新学期が始まって、今に至る。


今までみたいに、あかねから突っかかって、殴ってきてくれたら楽なのに。

そうしないで俯いているだけのあいつを見ていると、胸が痛んで、本当におれは動かなきゃいけねーんだなって、思った。


******


「あかね」

・・・・・・。

「なに、泣いてんだよ」
「え?」

気が付くと、少し先に乱馬がいた。
慌てて泣き顔を見られないように顔を背ける。

「いいかっ、一度しか言わねーからよく聞けよっ」
「?」
乱馬はふんぞり返りながら近付いてくる。

「そもそもだな、おれ様の方から折れてやるんだから、感謝しろっつーか、姿勢正して聞けっつーか・・・」

ミシッ。
はっ、ついいつもの癖でっ。

「なんなのよ、あんたは。あたしを怒らせにきたわけ?」
「そうじゃなくて・・・」

乱馬は、殴られた頭をさすりながら話す。

「約束したんだよ。あいつと」
「あいつって・・・」
「一度しか言わねーからな。よく聞けよ」
「う、うん」

乱馬が突然、真っ直ぐな目であたしを見た。
でもすぐにまた俯いてしまった。


しばらくして、顔をバッと上げたかと思うと、やっぱり少しの間ののち、俯いてしまった。
あたしはそんな乱馬を、ずっと目を逸らさずに見ていた。


乱馬はきっと、とても大切なことを言おうとしてる。


それはもしかしたら、今までの悩みを払拭することなのかもしれない。
逆に、一番聞きたくないことなのかもしれない。

重い空気はあたしを包んで今にも飲み込みそうになるけど、逃げない。
乱馬は、さらにしばらくしてから、顔を上げないまま、あたしの耳元に唇を寄せた。



「・・・きだ」



それは、至近距離でも聞こえるか聞こえないかという程の、小さな小さな声。

でも、あたしにははっきり聞こえた。
乱馬の気持ち。

乱馬の正直な気持ち。


嬉しくて嬉しくて、涙が溢れる。

正直、乱馬がはっきり・・・はっきりでもないけれど・・・言ってくれる日が来るなんて思わなかった。

桃幻郷が、桃磨くんが運んできてくれた、最高の贈り物。


乱馬がここまでしてくれたんだから、あたしも、ちゃんと素直になる。
真っ直ぐな気持ちを、貴方に伝える。


あたしは乱馬の耳元に手と口を当てて、そっと呟いた。

「あたしも。あたしも、好―――」


2014.08.30
桃幻郷祭(2014.8.18〜31)参加作品。
この小説は、2007年に発行された『LOVE TO R?A』(桃幻郷アンソロ)に載せて頂いた作品を加筆修正したものです。

今回、お祭期間中本当に時間がなくて、昔のまま投稿しようと思ったんですが、見返したらとてもそのままでは使えない感じだったので、このような形になりました。どこまでマシになったか謎ですが・・・。
映画で「水」「水」言い過ぎな乱馬くんがいつ何度観ても引っかかるので、そう言っていた理由を私なりに後付けした、そんな作品です。
桃幻郷に行ったことで、桃磨くんに出会ったことで、二人の関係が進んだ感じに書けていればいいな。
桃磨くんはまともに書いたの初めてですが、とっても動かしやすい!
本音をサラリと言える子はいいですね♪ 見習って乱馬くん・・・。