放課後2

「乱馬のバカ! もう知らない!!」

あかねはどんどん先へ歩いていく。
俺はその距離が離れないように、また縮まらないように歩いていた。
これ以上怒らせるのは嫌だし、かといって別の道を通って同じ家に帰宅するのもなんだし・・・。

きっかけは些細なこと・・・俺にとっては。
あかねが「今度の日曜に新メニューに挑戦してみる」と言ったのに対して、「ゲッ・・・」と返事をしてしまったのがまずかった。
あかねはすっかり気を悪くしてしまい、「別に乱馬のために作るんじゃないもん!!」から始まり、口ゲンカの末しまいにはこうなってしまった。

はあ・・・。
付き合いだして1ヶ月以上たつのに、なんですぐこうなるんだろ・・・。

俺が思わず立ち止まって溜息をついていると、
「あの・・・早乙女・・・くん・・・!」
見知らぬ女子高生から声を掛けられた。
誰だ?

・・・っていうか俺、あかねしか見てなかったから近くに人がいることもわかってなかった。
重症かも・・・。

「こ、これ受け取って下さい・・・!!」
「・・・?」
近くの女子高の制服を着たその子は、俺に向かって何かを差し出している。
何か、というかどう見ても手紙・・・のようだ。

俺が状況をいまいち把握できずに返事をしないでいると、その子はさらに
「いつも一緒に帰っている人は、彼女なんですか・・・!?」
と聞いてきた。
いつも一緒に帰ってる人・・・ってあかね?

あかねが、俺の、彼女?

俺は耳に入ったその響きに心が弾んだ。
「あ・・・いや・・・その・・・」

照れながら返事を返そうとした時、視線に気が付いた。
俺がよく知ってる、しかし今はあまり感じたくない気。
離れているのに、ものすごい気を感じる。

恐る恐るその方向を見ると、俺の予想通り、あかねが両手に持った鞄を震わせながら立っていた。
しかしその表情は、俺の予想とはかなり違っていた。

てっきり鬼のような形相をして立っているかと思ったのに、あかねはとても悲しげな顔をしてこっちを見ていた。

その表情に、俺の胸がしめつけられる。

目が合った瞬間、あかねはハッとして、次の瞬間には走り出していた。
俺は思わず
「おい・・・!」
と叫んだけれど、あかねが止まるはずもなく、彼女の姿はすぐに見えなくなった。

行ってしまった方向を見つめていると
「あのっ」
女子高生から再び声を掛けられた。
彼女もあかねの存在には気が付いたらしい。
が、差し出された手はそのままだった。
「これ、受け取って下さい」
彼女の真剣な瞳に、俺も自然に体が向き合う。

俺はしばらく考え、言葉を選んでから話し出した。
「ごめん。これが何なのか俺にはわからないけど・・・受け取れない」
「どうしてですか?」
「彼女に・・・悪いから。泣かせたくないから」

その子は一瞬表情を曇らせ下を向いたが、やがて意を決したようにパッと顔を上げると
「私は・・・私は、あなたのことがす・・・」
「本当に、ごめん」
彼女の言葉を遮って、俺はそう言った。

聞いてはいけない気がした。
勝手かもしれないけど、俺はあかねの悲しむ顔を見たくない。
俺には、それが最優先なんだ。

「・・・わかりました」
そう言うと、彼女はパッと走り出した。
泣いていたかもしれない。
でも俺は何もしてやれない。

俺は、家への道を走り出した。
反対へ走っていった彼女の方を振り返ることはなかった。

家まであと少しというところで、俺はあかねの姿を見つけた。
あかねはうなだれて、とぼとぼと歩いている・・・ように見える。
「あかねっ!」
俺が声を掛けると、あかねはハッと顔を上げ、振り向いて、同時に走り出した。
「待てよ・・・っ!」

全力で走るあかねを捕まえたのは、あかねが玄関の引き戸を開けた瞬間だった。
捕まえながら二人中に入ると、扉を閉める。

俺はあかねを後ろから抱きかかえて、閉めた玄関の引き戸にもたれかかった。

家の中はシーンとしている。
誰も出迎えなかったし、物音一つしない。
今の状況にはこの上なく好都合だった。

「は、離して・・・っ!!」
あかねは全力で俺の手を振り解こうとする。
俺から離れようとする。

俺は、あかねが逃げられない位の力で彼女を抱きしめた。
「嫌だ。だって離したら・・・あかね逃げるだろ?」
「・・・・・・っ」
俺は抱きしめている腕にますます力を込めた。
「・・・っわかったから・・・逃げないから離して・・・!」

あかねが苦しそうにしているのを見て、俺は少しだけ力を緩めた。
すると、あかねの力が抜けて、彼女もその場に座り込んだ。

俺はあかねに、俺の方を向かせた。
俺の腕の中にすっぽり入って、向き合うあかね。
その瞳から、大粒の涙が零れ始めた。
「お・・・っ・・・・・・おい・・・!!」

あかねの涙は、綺麗だ。
・・・けど、苦手だ。
どうしていいかわからなくなる。

「あか・・・ね・・・・・・」
そっと名を呼ぶと、あかねがまばたきをした。
涙がぽろりとまた二粒零れ落ちた。
俺は思わず、彼女の頭を胸に引き寄せた。

髪を優しく撫でると、ひっく・・・という小さな声が漏れた。

「あの・・・さ。ごめん」
俺はゆっくりと息を吐きながら言った。
少しの沈黙の後
「・・・なんで謝るの?」
下を向いたまま涙声で言うあかね。

「なんでって・・・」
「乱馬はなんにも悪いことしてないじゃない。あたしが勝手に怒ってるだけなんだから・・・」
そう言いながらも、少し拗ねてる気がするのは俺だけ?

「・・・でも、あかね、泣いてる」
「・・・・・・」
「俺、お前に泣かれるの弱いんだ。どうしていいかわからなくなる。特にそれが俺のせいなら・・・ごめん」
「乱馬・・・」
「お前が悲しむことはしたくない。あの子からも・・・何も受け取ってないよ」
「・・・ほんと?」
「ああ・・・新メニューも、全部食べるから・・・」
「ほんと!?」

あかねはパッと顔を上げた。
間近できらきらした大きな瞳に見つめられるともう何も言えない。
俺は苦笑してうなずいた。

ホント可愛いなあ・・・。
俺はあかねの顔をもう一度引き寄せ、優しく抱きしめた。

次の日曜に俺が寝込むことになるのは・・・言うまでもない。
が、この時俺は、それが予想出来ていてどうでもいいと思えるほど幸せだったのだ。
後悔先に立たず・・・後悔後にも立たない・・・なんてな。


2005.09.04
あおいさまのサイト「Eternal Season(閉鎖済)」10万打のお祝いとしてお贈りしたものです。

以前お贈りした小説「放課後」の続編というか・・・単に時の流れがあれの少し後というだけなんですが・・・書いてみました。
「手をつなぐ」の後はやっぱり「ぎゅー」かなと思った猫乃は安直な人間です。