放課後

「きゃ〜! すっごーい!!」
「乱馬くーん!」

女の子たちの可愛い声。
あたしは、ゆかとさゆりの横で、ただ黙っていた。

「あかね・・・。こんなにみんなに言わせてていいの?」
「そうだよ! 他の子の応援に負けるな!」
「あ、あたしには関係ないもん」

だって、そんなこと言われてもあたしはみんなと同じように可愛く応援なんて出来ないよ・・・。

試合で活躍している乱馬をちらりと見ると、乱馬はあたしのことなんか全く気にする様子もなくて。
当たり前だけど、試合に集中している。

今日は、放課後うちの高校で行われるバスケの練習試合に乱馬が助っ人で出ることになっていて、あたしはその試合を見に来ていた。
バスケ部の部員たちの応援もたくさんいる。
・・・けど、何故か乱馬を応援している女の子たちもいるわけで。
さっきから試合相手の応援に来ている女の子たちまで、乱馬のことを指差して何か嬉しそうに話している。

以前からこういう光景は何度も目にしてきたはずなのに、心が痛い。
乱馬はあたしの彼氏なのよって、叫びたくなる。

乱馬と付き合うようになってから、早1ヶ月。

元々許婚同士だから、周りから見るとそんなに変化はないのかもしれないけど。
あたしたちの中では『親同士が決めた許婚』じゃなくて、自分たちの意思で付き合い始めたことは、大きな違いだった。
・・・はず。

正直なところ、あたしたちの関係は、付き合う前とあまり変わっていない。
それが最近、なんだか不満だったり悲しかったり・・・。

ぼんやりと考えている間に、前半終了のホイッスルが鳴った。
乱馬は、ベンチに戻ってドリンクを口にしている。
そして楽しそうに仲間と話してる。
あたしはそれをじっと見ていた。

すると、乱馬がこっちの方を見て。
思いっきり、目が合った。

あたしは、どんな反応をしたらいいのかわからなくて、ただじっと乱馬を見ていた。
乱馬も、特に笑いかけたりすることなく、こっちをじっと見ていた。
それは、一瞬の出来事だったのかもしれない。
でもあたしには、すごく長い時間に思えた。

その空間は、ある声によって破られた。
「なーに見つめ合ってんだよ!」
「いいよなあ、あんなに可愛い許婚のお・う・え・ん」
「ばっ・・・ちげーよ!!」
部員たちから肘で小突かれ、からかわれて、乱馬は慌てて否定した。
いつものこと、なんだけど・・・。

『やっぱり・・・・・・』
あたしはそう思い、ひそかに溜息をついた。

その後すぐにハーフタイムが終了したので、乱馬は全くこっちを見ることもないままベンチから離れていった。

あたしは、ゆかとさゆりに「ちょっと外に出てくる」とだけ告げて、そっとこの場を離れた。
前半だけでも大差がついていたし、乱馬が勝負に負けるわけないし・・・うちの高校の勝利はほぼ確定だった。

教室へ戻ると、誰もいなかった。
あたしは窓際の自分の席に座ると、ぼんやりと外を眺めていた。

乱馬があたしのことを「あんな女」とか言って人前で否定するところをずっと見てきた。
それは“照れ隠し”なんだってわかってるけど、やっぱり目の前でそんな風に言われると辛い。
特に、もうあたしたちは付き合ってるんだから・・・。
なんて考えるのは、あたしのわがままなのかな。
あたしもなかなか素直になれなくて、可愛くないのはわかってるけど、でも素直になるには、かなりの勇気がいる。

・・・上手に付き合えないことを乱馬のせいにばかりしようとしてたけど、あたしも同じなんだ・・・。
どうしたらいいのかな。


「やーっと見つけた」

急に声がして、あたしはビクッとしてしまった。
「ら、乱馬・・・」
振り向くと乱馬は、もういつものチャイナ服に戻っていた。

「試合、終わったの?」
「ああ、勝ったぜ」
「大差で勝ってたもんね」
「まあ・・・な。それより・・・なんで半分しか見なかったんだよ?」

わかったんだ・・・? あたしが途中でいなくなったこと。

「う・・・ん。あれだけ大差で勝ってたらもう勝ちは見えてるし、それ以上見なくてもいいかなって」
「お前な・・・人が頑張ってんのにそりゃねーだろ」
「べ、別にあたしがいてもいなくても勝負には関係ないじゃない」
「そりゃーな。俺が負けるわけねーけど。でも俺は・・・」

そこで、乱馬は口ごもった。
「なあに?」
聞き返すと、乱馬はしばらくの沈黙の後、下を向いたまま

「俺は・・・あかねに見ていてほし・・・い」
最後の方は消え入りそうな声で、そう呟いた。

あたしは一瞬にして顔が真っ赤になったのがわかった。
二人して次の言葉が掛けられないでいると
「ほらー、やっぱり一緒にいた」
「試合が終わった途端いなくなるんだもん。絶対あかねのとこだと思った」
ゆかとさゆり、それにひろしくんと大介くんが次々に教室に入ってきた。

もしかして・・・乱馬、探してくれたのかな?

「お前、試合中きょろきょろしすぎだぞ? 特に後半」
「大事な“彼女”がどこかへ行ってしまって、探すのに必死だったんだよな?」
「う・・・。ま・・・まあな! 帰るぞ、あかね!」
そう言って乱馬はあたしの手を取った。
あたしはすごくびっくりして、だけどそのままカバンをとってついていった。

乱馬、“彼女”って言われて、否定しなかった・・・。

四人がからかっているのをあとにして、教室を出た。
乱馬は、あたしの歩調を考えながらも、手を離さずに先へ歩いていく。
校内をこんな風に手を繋いで歩くなんて、いくら放課後でも誰に見られるかわからないし、あたしはドキドキがおさまらなかった。

でも・・・手を離せない。
離したくない。

恥ずかしくて下を向いて歩いていたけど、ちょっと顔を上げてみると、乱馬も耳まで真っ赤だった。
乱馬も思っていることは同じなんだって、嬉しくなった。

靴箱まで来ても、お互い手を離せない。
ううん、むしろもっとギュッと繋いで、同時に靴箱を開けお互い繋いでいない片方の手で靴をとる。
恥ずかしい、だけど・・・。

繋いだ手は、その後家にたどり着くまでそのままだった。

家の前で立ち止まって、さすがにまずいよね・・・と思って乱馬の顔を見ると
「なんか・・・離せないな」
「・・・うん・・・」

そのまま時が過ぎた。

結局あたしたちは「あかねちゃん?」と買い物帰りのかすみお姉ちゃんから声を掛けられるまでそうしていて、ビクッとして手を離し、そそくさとそれぞれの部屋に入ったのだった。
あたしは部屋に戻っても、とても幸せな気分だった。

こうやって、少しずつ二人で歩いていけたらいいな。
明日はもっと、あたしも素直になれますように・・・。


2005.06.12
あおいさまのサイト「Eternal Season(閉鎖済)」に『切な系100のお題』」完成のお祝いとしてお贈りしたものです。
リクエストは『つきあい始めの初々しい高校生カップルな乱あ』。

「つきあい始め」で「高校生カップル」っていったら猫乃の中では「手をつないで一緒に登下校」だったんですが・・・高校時代のイメージというか憧れ?
ひろしや大介があかねのことを“許婚”ではなく“彼女”と呼んだということは、乱馬が何かしらひろしと大介には話している・・・というところまで想像して頂けると嬉しいです。